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連載むらむら読書

しんどいときに「読むと辛くなる本」を読んでむらむら――犬山紙子「むらむら読書」

2019/07/07

 今私は生きるのがちょっと苦しい。自らご飯をどこかに食べに行こうとも思えない。今日はもろもろ薬代に6000円もかかるとわかって落ち込んで、酒は飲まない方が良いとわかっていても飲んでしまった。それでも仕事は普通にできるし娘の前では笑顔である。まあ、治療をしているし、睡眠も取っているし、人に頼ってるしこうやって書いて吐き出してるし大丈夫なんですが。きちんと寝ているうちに回復するでしょう。

 そんな鬱々としている時に手を出すのは「読むと辛くなりそうな本」。本当のしんどさから目をそらすために、自分とは関係ない主人公の苦しみを読む。本を読む気力はある。逆に「癒し系」がキツい。心療内科の待合室で飼われてる熱帯魚は「ほら、この熱帯魚で癒されなさい」と言われているようで圧を感じて妙につらい。いや、「何も考えずただ熱帯魚を見る」という脳休めのために置かれてるんだろうけど心療内科の待合室で何も考えるなってそれは無理な話ですよ。だったら診察室に飾られている福山雅治の2枚の写真(多分先生がファンなんだろう)の方がもっと癒される。先生の人間臭さに癒される。『こちらあみ子』(今村夏子著)を読んだのですが辛かった。あみ子はきっと周りの気持ちがわからない。そして誰かに悪意を向けてはいない。でも、それでも周りは傷つく。周りがなぜ傷ついてるのかもわからないから、何度も傷つける。そしてあみ子自身、傷ついているとも気がつかずに猛烈に傷ついている。周りからの拒絶に。

©犬山紙子

 何が辛いって私はあみ子をきっと疎ましく思う人間だと感じたから。あみ子が「音が聞こえる、辛い」と言った時に信じることができなかったし、実際あみ子のような人と距離をとるんじゃないか、笑顔で。大事なことはあみ子に隠しながら。それはそのまま私が今「自分のことをわかってもらえるよう表現できない」と思ってしまう疎外感にブーメランで突き刺さる、私もきっと距離を取られるだろう、私は誰にも悪意を向けてないのに。

 でも、あみ子には小さな友達がいる。あみ子に前歯がないところを好きだと言って慕う少女がいる。その少女を思い出すと私の生きるのが不器用な友人たちの顔がぶわっと浮かんできた。その先にこれまたクソ不器用な夫や自分の顔が浮かんできた。化粧が濃くて、熱帯魚にいらっとして、仕事前にお酒飲んじゃって、大丈夫なふりをしてる自分。前歯がないみたいなもんでしょう。こちら紙子、なんて言って誰かとお昼でも食べようかなあなんてちょっと思った、連絡はしないけど。

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