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ここからWEB将の悩ましい時間が始まる

 16時。先生方の和服が乱れてくる。盤面ももう素人には意味不明の奇っ怪な盤面になっている。

 17時半。このあたりで初めて日常的な夕食を取る。頭の中は盤面で一杯。コロッケにドレッシングをかけて頓死する。

 19時。先生方に疲労の色が見え始める。ここからWEB将の悩ましい時間が始まる。

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 解説の先生からの「そろそろ終盤ですね」という宣告に我々WEB将は戦慄を覚える。

 ――お風呂入る時間、ありますか――。

 AIの評価は2000に近く、「こっち行っちゃうと終わるかも」「いやこうすると詰みですね」などと解説の先生が、今にも終りそうな見解を述べる。

 そうこうしているうちに22時を大きく回る。

 ――もう終わるんじゃなかったんかい――。自分が風呂に入り損ねた状況を自覚する。

 コメントがざわめき始める。風呂に入る時間はありますか? 今風呂行っていいですか? みんな異常にお風呂が大好きだ。

 これに対し、最近有効な返答が用意された。

「スマホ防水袋に入れて風呂入れ」

 その合理的な集合知で我々の観戦QOLは進化している。だがそうしたが最後、終局まで風呂の中で観るだろう私の命が危ないから却下だ。

深浦先生が「大丈夫」と言えば……

 そんな私の救世主は深浦先生だった。

 TOP中のTOP棋士、深浦先生が「もうそんなにかからないと思います」と言えばお風呂は待つし、「大丈夫」と言えば髪だって洗ってきちゃう。

 その信頼は厚く、多くの視聴者が先生のお言葉を信じてお風呂に入ったところ、予期できないほど急に試合が終わってしまい、お風呂チームは終局をバスルームで迎えるという事故が起こった。

 だがこれが将棋であり、これが将棋の面白さだ。

 頓死などは想定外のドラマで、疲弊が、読みヌケが、うっかりが、二歩が、私の風呂を後悔させる。

 これには例外がある。深浦先生ご本人だ。

 時刻は20時、とっくに終盤が宣告され、ご本人の評価値は-2000。

 普通なら、風呂に入るか、いや上がったら終わってるかも、シャワーならどうか。嵐の中の柳のような逡巡に嬲られるところだが、深浦先生のときに限り、余裕でおやつの残りを食べてお風呂にも入ります。何ならアイスを持ってモニターの前に戻ってきますよ。

 地球代表泥沼流。これから一局。そんな趣。

 ほらね、まだ終わってないでしょ?(濡れ髪を拭きながら) それほど深浦先生ご本人の終盤の粘り強さには、私からの圧倒的な信頼がある。

トップ棋士であると同時に解説にも定評のある深浦康市九段 ©時事通信社

 最近、お弟子さんの佐々木大地五段にもこの兆候があり、深夜に及んだ泥沼を見事に泳ぎ渡り、藤井七段に大金星を挙げたのは2019年6月3日の記憶に新しい。お風呂に入れる先生として、私の中で鮮烈デビューなさったのであった。