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特集観る将棋、読む将棋

2019/09/29

genre : 社会, 教育

王手さえされなければ勝ったも同然

「こうなったら、もう期待しない方がおかしいでしょ」という気分で9月17日の第73期B級2組4回戦、先手中村修九段vs後手泉正樹八段戦を観戦する。「『期待しない方がおかしいでしょ』と思ってるのは私だけでしょ」という気分でもあった。私だけという強い確信があった理由としては、よくトップ棋士の対局の記録係を務めていた当時の奨励会員にこの現象をTwitterでツイートしたら、「そんなことになってたんですか? 全然気づきませんでした」という趣旨のリプライをいただいたこともあってだ。

 対局は先手中村修九段が角交換から飛車を8筋に振る「ダイレクト向かい飛車」から玉を美濃囲いに囲った。振り飛車対居飛車の対抗形からついに72手目で歩を成った手が美濃囲いに囲まれた先手玉に刺さる。王手だ。

©iStock.com

 この時私は中村修九段の負けを確信する。この時点で早くも負けを確信したのも私だけだろう。この対局にとっては初めての王手。しかも72手目というごく当たり前のタイミングでの王手だ。しかし、中村修九段にとっては順位戦では実に6ヶ月ぶり、5局ぶりに食らった王手なのだ。「今日の中村修九段は王手さえされなければ勝ったも同然」と思って見ているレアな観戦者にとっては負けに等しい王手だった。

その現象に気づいた人だけ観戦する喜びを得られる

 1筋の端に追い詰められた中村玉は金銀といった心強い「金駒」を剥がされ、ついにその姿を露出してしまう。128手目に後手の歩が成った手が、先手の勝ち筋が見いだせなくなる絶望的な王手。ここまでで先手中村修九段は投了。やはり王手をされた対局で敗戦を喫してしまう。

 本当は王手をされていない棋士は他にもっといるかもしれない。王手をされずに連勝している棋士は他にもいるかもしれない。しかし、その現象に気づいた人だけ「いつ王手されるんだろう?」とリアルタイムで観戦する喜びを得られる、そんな対局がある。ある棋士の、自分だけが気づいている大記録に注目し、その記録の達成に夢を求め対局を追いかける。そんな観戦もひとつの醍醐味であることをお伝えしたく筆を取った。もっとも、同じことに他の人も気づいていたのかもしれないが……。

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