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都合の悪いことって見て見ぬふりをしたい。恐怖を感じても、ニヤニヤしてなかったことにしたがる。

――突然、渋谷の街にゾンビが出現。最初はみんなニヤニヤ笑って見ているだけですが、まさに噛まれるとゾンビになるため、だんだんゾンビの数が増えて全国にパニックが広がっていく。最初はみんなさほど深刻でなさそうなところがリアルでしたね。

羽田 都合の悪いことって見て見ぬふりをしたいんですよね。恐怖を感じても、ニヤニヤすることで恐怖をなかったことにしたいという。人口の9割5分以上がまだ人間ということにして、そういう時に日本人がどう振る舞うのかをリアリズム小説として書いていきました。

――主要人物が6人ほどいて、群像劇となっていますね。そのなかに作家や編集者もいるので、出版業界の内実や、羽田さんご自身の本音だろうと思われる言葉が詰まっていて、何度も噴き出しました。これ絶対にあの人のこと書いているよな、とか分かるし(笑)。作家を書くというのは自然な流れだったんですね。

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羽田 僕はわりとその必要性もないのに小説家を小説に登場させるのには抵抗があったほうなんですよ。小説家が出てくるものを読んでいて、その世界観を表すのに小説家がいなくてもいいんじゃないかと思ったことが結構あったから。でも今回は、洗練させることと他者に理解されなくなっていくこと、それと日本人同士のコンテクスト、つまり文脈を読んで通じ合う行為は排他的になるのではないか、テキストを自分の解釈したいようにしか解釈しなくなっているのではないかという、まさに文章という小説家と切っても切り離せないものを書くので、小説家を登場させるしかないなと思いました。自分に禁止していたことをはじめて解禁しました。

――主要人物に、デビューした頃はよかったけれど10年目の今は極貧になっている作家、Kがいますよね。彼だけ名前がアルファベットです。Kは圭介のKで、羽田さんがモデルだと思う読者は多いのでは。

羽田 そう思われるように、という感じですけれどね。あとはあまりベラベラ喋れないんですけれど、夏目漱石の『こころ』の友人Kみたいな感じがありますね。

――ほう。そういえば夏目漱石や中上健次といった過去の作家たちもゾンビになって甦ってきますね。

羽田 それは日本の近現代文学の始まりのあたりにいる作家たちがほとんどのことをやっちゃって、その後で今、自分たちが小説を書いている意味を考える、ということで登場させました。

瀧井朝世

――なるほど。主要人物の話に戻りますと、自分が納得する作品にこだわって非常に寡作な作家、桃咲カヲルも登場します。

羽田 そっちもわりと自分を投影しているんです。彼女の場合はデビューして10年経っても、理想が高すぎるからほとんど作品を出していない。僕もそれに近いと思います。デビュー年数以上の本を書いていないですし。あと、本当に思っているのは、小説に対して真摯な態度をとるんだったら、ちゃんと勉強するだろうし、謙虚になって書けなくなるんじゃないか、ということです。

 勉強すればするほど、自分が書く意味があるのかって思うものだと思うんですよ。不勉強な人ほど何も知らないので、半世紀以上前にやられていることも知らずに新しいことをやっているつもりで書いちゃったりしている。勉強するとそういうことができなくて、謙虚になっていく。自分が書かなくてもいいんじゃないかという気も生まれる。少なくとも僕はわりと数年前の時期にそういう気持ちがありました。