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ノックアウトされた館山が見せた微笑み

 今年の6月12日、僕は仙台・楽天生命パークの一塁側スタンドに腰を下ろしていた。試合開始前から興奮と緊張に包まれているのが、自分でもよくわかった。何しろ、この日の予告先発は今季初登板となる館山なのだ。元々、この三連戦は観戦するつもりだったので事前にチケットを購入していたけれど、まさか館山の先発登板試合を見られるとは思ってもいなかった。

 しかし、この日の館山は本調子にはほど遠かった。初回、先頭の茂木栄五郎にいきなりデッドボールを献上する。指が引っ掛かったのか、背中への一球だった。この回はピンチを作ったものの、何とか1点で切り抜けた。そして3回裏、館山は2点を失って、この回限りで降板した。無念な思いを抱きながら、僕は手元の双眼鏡で館山の表情を伺う。一体、どんな表情でマウンドを降りるのか?

 双眼鏡を覗き込んだまま、僕は軽いショックを受けていた。館山が微笑んでいたのだ。この微笑みが何を意味するのか、僕にはわからなかった。打たれたとはいえ、無事にマウンドに戻ってきたことに対する満足感なのか? いや、この瞬間、僕の脳裏に浮かんだのは、「何か踏ん切りがついたのではないか?」という認めたくない思いだった。その微笑には、何かサバサバした満足感のようなものが浮かんでいた気がしたのだ。

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 帰京後、録画していた『プロ野球ニュース』をチェックする。解説の平松政次氏も館山の微笑みについて言及していた。改めて映像でチェックすると、やはり何か踏ん切りがついたような微笑みのように僕には感じられた。シーズン中だったので、「これ以上、不吉なことは考えまい」と、僕は自らの思考に蓋をした。そして、シーズン終盤になって、「館山引退」報道をついに目にすることとなった……。

 この記事を見たとき、僕はあの日の微笑みを思い出した。あの瞬間、館山は引退を決意したのではないか? どうしても、僕にはそう思えてならない。寂しいことではあるけれど、あの日、仙台の地で館山の雄姿を見られたことを誇りに思いたい。傷つき打ちのめされても、何度も何度も立ち上がった背番号《25》の雄姿。僕は決して忘れない。館山昌平――不屈の闘志を持った不世出の投手だった。どうもありがとう。本当にどうもありがとう。

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