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30年前のラーメンブーム火付け役が語る「私はこうして丼を真上から撮った」

カメラマン・飯窪敏彦さんインタビュー

note

撮影の必需品は「祇園の団扇」「ものさし」

――他にどんなことに気を付けていたんですか?

東京都品川区にある「多賀野」の煮玉子そば ©飯窪敏彦

飯窪 湯気です。出来立てであればあるほど湯気が出るわけですけど、写真を撮るときはレンズが曇ってしまうんです。でも普通のうちわで湯気を飛ばそうとすると、ラーメンにのってるのりも一緒に飛ばされてしまう。

――大変ですね。どう対処するんですか?

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飯窪 京都の祇園でお姐さんたちが配る名入りの団扇があるんですけど、それで湯気を飛ばすとのりが飛ばされないという現象を発見したんです。少し練習は必要なんですが(笑)。

――ラーメンを撮るには舞妓さんの団扇じゃないといけないんですね。

飯窪 そうなんです。いつもラーメンの撮影に行く時はハッセルブラッドのフィルムカメラと100mmレンズ、複写台といってカメラを固定する台と、ものさしと祇園の団扇を持っていきました。

――ものさしは何に使うんですか?

飯窪 『ベスト オブ ラーメン』では原寸大でラーメンの写真を掲載していたので、現地で器の直径をものさしで測っておかないといけないんです。でも段々慣れてきて、目測でも測れるようになりましたよ(笑)。

 

失敗が許されない「フィルムカメラ」で日本縦断のラーメン取材

――当時は撮影する際にフィルムカメラを使用されていたんですよね? フィルムカメラだとその場で撮ったものを確認できないわけですが、全国のラーメンを撮る中でそれってすごく怖いですよね。

飯窪 それこそ札幌で撮ってからそのまま飛行機で福岡に飛んで、九州を徐々に南下して何軒もラーメンを撮っていくこともありました。そういう時はちょっと怖いですよね。これどっかでミスってたらどうするんだろう……って。でもそのドキドキ感も病みつきになるというか。

北海道旭川市にある「橙ヤ」の橙みそちゃーしゅー ©飯窪敏彦
福岡県福岡市にある「魁龍」の魁龍ラーメン ©飯窪敏彦

――撮り直しは一度もなかったんですか?

飯窪 いや、現像したらくっきりとストロボ用のコードが映ってしまっていたことがあって。しかもそのラーメン屋が山口県だったんですね。

――山口! 結構遠いですよね。

飯窪 コードはさすがにまずいので、もう一回お願いをして撮りに行ったら店主に「俺もこれでいいのかなって見てたんだよ」って言われて。「教えてくださいよ……」という苦い体験もありました(笑)。

ノリはすぐに湿気ちゃうから、大変だった記憶がありますね

――全国の様々なラーメン屋を訪れて色んな店主の方々に出会われてきたと思います。

飯窪 印象深いのは六本木のあるラーメン屋で、ラーメンを撮るときにトッピングされている絹サヤの位置が気になって少し移動させたことがあったんです。それを店主が見ていて後ろから「おい、俺も30年ぐらいやってんだぜ」とピシャリ。それからは多少縁が汚れていても、トッピングがずれていても「この店の個性だ」と出されたものをそのまま撮るようになりました。