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人口12人の限界集落で起きた殺人放火事件「つけびの村」 犯人が膨らませた妄想とは

『つけびの村』(高橋ユキ)より

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ワタルから届く手紙はほとんどが裁判資料だった

 東京に戻ると、1週間もしないうちに、ワタルから手紙が届き始めた。だがそれは直筆の手紙ではなかった。事件に対するワタルの主張が、例のくねくねとした文字でA4やB4サイズの紙にびっしり書かれたものの「コピー」だった。

 最初に届いたコピー紙の冒頭は「DVD 編集 短縮 証拠隠し ・写真、靴、棒、ICレコーダー」。

 解読に骨が折れる手紙だが、下線が引いてある箇所がところどころある。この紙は、逮捕直後の検察官による取り調べの録音録画データについてのワタルの意見のようだ。

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「取調室 第9ではなく、第1です、時間場所が違う」

 ワタルは、私がこうした主張をどこかのメディアに書き、彼の訴える「でっちあげ」を世に広めてくれることを期待しているのだろう。本人は真面目に冤罪を主張しているのである。だが私は、どう見ても同じ靴跡に対して、別の靴が混じっていると主張するワタルの言い分を読んでも、“たしかに、これは真犯人が別にいるのに、無実の保見さんが逮捕されてしまったのだ”と判断することはできなかった。

 2通目の手紙が届いた4日後に、3通目の手紙が届いた。私が先に送っていた質問に対する答えが書かれている可能性を期待して封を開けたが、これまでと同じように、また「事件前後の金峰地区の天気や気温」といった裁判資料などが入っていて、がっかりした。

©iStock.com

 ひとつだけ、これまでの手紙と違ったのは、コピーではなく、手書きの便箋が1枚だけ入っていたことだ。この1枚にこそ、私の問いに対するアンサーが記されているのでは、と、また期待して開いたが……。

文庫本27冊の差し入れを要求

「私は頭をぶっつけて手や足が痺れ震えるようになり、友人にコピーを頼んでます。

 手紙を書いてる時も字が二重に見えてきます。

 読む時も同じです。

 高橋さんの字は小さいもう少し大きく書いて下さい見えません」

 想像だにしない答えだった。

 それなのに「見えません」と書いてある2行下では、本の差入れを要求しているのだ。

「居眠り磐音 佐伯泰英シリーズ27巻」