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“盗人の子”と囁かれたワタル

「うわさ話」の中には、主観を伴う悪口に近いものもあった。それは東京や、または徳山の市街地といったような、人口の多い場所であれば、すぐに消えるちょっとした内緒話で済んでいた類のものだろう。

 郷集落は昭和に入って急激に過疎化の一途を辿り、平成に入る頃には人口わずか60人にも満たない状態だった。集落で、ひとりふたりと村人が減っていくごとに、ひとつひとつの「うわさ話」は存在感を増していく。

 そうなってくれば、同じ意見のものは少なくても構わない。ほんの2、3人が同調すれば、おのずと“村の嫌われ者”が出現する。ワタルの父・友一は、死んでから10年以上が経っているにもかかわらず、彼が“盗人”だったという「うわさ話」はいまも村に残り続けていた。

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 関東から戻ってきた当時から、すでに村人たちに“盗人の子”と囁かれていたワタルも、自分に関するうわさ話の内容は分からなくとも、この村に「うわさ話」が溢れていることには当初から気づいていたはずだ。そうした「うわさ話」にワタルだけでなく他の村人たちも、戦々恐々としていたし、いまもしているのではないか。

「表面を見たら日常の生活で何もないのに、彼の心の中じゃ、どんどんどんどん、悪いもの……憎悪、そういうものが膨らんでいっとったんやろう」

 金峰地区の村人のひとりは、私にこんなことを言った。

 どうだろうか。私には郷集落の日常が何もないとは感じられない。日常に潜む犯罪、常識とかけ離れた価値観、そしてえげつない「うわさ話」が存在していたことはまぎれもない事実だ。むしろ村人たちが“何もない”と感じるほどに「うわさ話」は空気のようにそこにあった。

いまも村人たちは「うわさ話」を続けている

 度重なる犬や猫の薬殺、ボヤ騒ぎ。それらの“事件”は、ワタルの妄想を加速させる燃料となった。村人たちはそんな“事件”をネタに、また「うわさ話」をはじめる。そして、ワタルがいなくなったいまも、村人たちは「うわさ話」を続けていた。

 あいつがワタルの本命だった。あいつは恨まれていた。あの人は犬を殺していた、と。

 金峰地区で、ある家を訪ねた時に、住民がこんな話をした。

「ゆうべね、明け方の4時くらいやった。家の外でベルを鳴らすのがおるんよね。出てやろうと思ったけどやめた。

 この前もあったんよ。わしがおらん間に、うちの家の扉開けて入って、玄関から色々なものを取り出して外に投げとってね、玄関の外のところに押しピンで留めちゃった紙に『この家に立ち寄るな』ちゅうのが書いてあったんよ」

 またこの村で、何かが起ころうとしている――。

◆◆◆

 書籍では、追加取材を経て明らかになった村の「その後」の様子も収録。田村さんが残した「謎」も明かされる。

つけびの村  噂が5人を殺したのか?

高橋ユキ(タカハシユキ)

晶文社

2019年9月25日 発売