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2019/10/27

 角川文庫の末尾には「第二次世界大戦の敗北は、軍事力の敗北であった以上に、私たちの若い文化力の敗退であった。私たちの文化が戦争に対して如何に無力であり、単なるあだ花に過ぎなかったかを、私たちは身を以て体験し痛感した」という有名な角川源義の文章が掲載されている。宮藤官九郎が『いだてん』で描いたのは、落語やスポーツやフェミニズムという、戦前に勃興した若い文化力が戦争という巨大な津波に飲まれる、その敗退のプロセスとシステムだったのだと思う。

『いだてん』のサブタイトルが第一回から映画文学音楽など過去の作品の引用で構成されているのは有名だが、宮藤官九郎が最も描きたかったと語った第39回のサブタイトルは『懐かしの満州』、これは国策に協力しいまだ評価分かれる満州映画協会、戦争に飲み込まれた映画人たちの記録映画を収録したDVD『満州アーカイブス』のタイトルである。スタッフたちは何をこのサブタイトルにこめたかは明らかだ。

『いだてん』は歴史の繰り返しを警告する石碑だ

『いだてん』の放送は戦争という巨大な山をついに越え、戦後、1964年の東京五輪という最終章にさしかかる。そこで描かれるのがパンドラの箱の底に残ったような希望なのかどうかはまだわからない。たとえそうだとしても、1964年の東京五輪を肯定すること自体が2020年の東京五輪に加担するものだという賛否の渦に作品は巻き込まれるだろう。僕たちはもはや否応なく分断された大きな河の流れの中にいる。

『いだてん』が大河ドラマらしくないという批判の声に、こんなに歴史のダイナミズムを描いた大河らしい大河はない、という反論はたぶん正しい。でもその一方で、これは単なる大河『ドラマ』なのだろうかと思う。それは三陸の津波と同じように、歴史の中で繰り返し押し寄せる、多くの人を殺した現実の大河の氾濫について書かれた石碑ではないのだろうか。

 巨大な波に飲み込まれた80年前、古今亭志ん生の生きた時代に比較して、宮藤官九郎の描いた大河ドラマという現代のサブカルチャーが持っている武器がひとつある。それはデジタル時代においてはコンテンツがアーカイブされることだ。この先の時代、2020年の東京五輪で起きること、東京五輪を終えたあとに日本で起きる大きな河の氾濫の中で、僕たちは『いだてん』で宮藤官九郎が何を描いていたか、NHKオンデマンドをはじめとする配信サービスで見返すことができる。

 2019年の10月13日の夜8時、僕のツイッターのタイムラインには『いだてん』の感想とラグビー日本代表戦を応援が嵐のように入り混じって流れ続けた。

 強い日本代表と、満州で敗れ去る80年前のサブカルチャーの対比は、まるでそれ自体が宮藤官九郎が描くドラマの1シーンのように残酷で鮮明な対比だった。だが視聴率40%にも迫る国民的熱狂の裏側で、宮藤官九郎が数%の人々に向けて静かに語りかけたメッセージは、恐らくは2020年以降に急激に流れを早めるであろう現実の大河のうねりの中で、やがて全ての人々にとって重要な意味を持つのではないかと思う。

©iStock.com

※読者からの指摘により一部内容を修正いたしました。

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