幻覚を見せ、震わせ、怯ませ、弱くなったところで……
一緒に遊ぶのが面倒だと大雨の外へと弟を追いやって行方不明にさせてしまったビル。学校でビッチ扱いされ、家では父親から性的虐待を受けているベバリー。不良から“オッパイ”と呼ばれていじめられ、ナイフで腹を傷つけられる肥満児のベン。過干渉な母に逆らえないうえに、極度の潔癖症で喘息のエディ。幼い頃に両親が焼け死ぬのを目にしたマイク……。
主人公となる少年少女は誰もが罪悪感や劣等感を背負っており、ペニーワイズはそうしたものを具現した幻覚を見せ、震わせ、怯ませ、弱くなったところで命を奪おうとする。目を背けたい事柄、忘れたい事柄を、そうはさせまいとフラッシュバックさせる彼はピエロの姿をした各自の“悪夢”でもあるのだ。そして、小さくてもなにかしらの負を抱えている我々もビルらに恐怖の共感を覚えてしまう。
怖いのに感動してしまうホラー版『スタンド・バイ・ミー』
そうした巧みな構図と仕掛けに加え、この作品最大の魅力にしてメガヒットの要因といえるのが少年少女の友情、恋、青春、成長を描いた優れたドラマ、“ジュブナイル”である点。ほかの十代前半の子供のような明朗活発な日々を送れない彼らが自分たちを負け犬と認めてルーザーズ・クラブを結成し、ペニーワイズと戦いながらも固い絆と友情を築くさまがしっかりじっくりと描かれているのだ。
夏休みが始まるや、学校のゴミ箱へ放り込まれる鞄の中身。嬌声を上げながら、パンツ一丁で崖から川へ向かってダイブする面々。ベバリーに惹かれるものの積極的になれず、彼女とビルの接近を黙って眺めることしかできないベン。こうしたキュンときて、ノスタルジーも誘う描写もまたベルトコンベア状態になっていて、ペニーワイズによって血まみれにされたベバリーの家のバスルームをみんなで掃除するシーンも絵的にはおぞましいはずなのにどこか和気あいあいとした雰囲気を感じてしまう。そうして育まれた絆と友情、そこから生まれる勇気を武器にしてペニーワイズに挑むことで、それぞれが抱えていた“傷”と“負”をも乗り越えていこうとする展開にグッときてしまう。
人々を震え上がらせる名手であるスティーヴン・キングだが、こと映画の世界においては泣かせる名手としても名を馳せており、日本では『スタンド・バイ・ミー』(86)、『ショーシャンクの空に』(94)、『グリーンマイル』(99)といった非ホラーや感動に重きを置いた作品のほうが人気も知名度も高く、『グリーンマイル』は66億円もの興収を弾き出しているほど。
なかでも、列車にはねられた男児の死体を探す旅に出た少年4人の姿を描いた“泣き系キング映画”の傑作『スタンド・バイ・ミー』は、少年たちの年齢が十代前半だったり、兄を失くしている主人公を筆頭にキャラクターの多くが悩みや苦しみを抱えていたり、不良たちと対峙したりと、なにかと『IT/イット』と重なる部分は多い。キング一流の恐怖のみならず、あの感動もまた堪能できるのではないかと期待して劇場に駆けつけ、おおいに満足したという人も多かったのではないだろうか。