第2位 私をバブルに連れてって?――「近江長岡駅」
日本随一の大動脈である東海道線は、名古屋駅を過ぎてからも岐阜駅や大垣駅など知名度の高いターミナルが続く。関ケ原駅はその名の通り天下分け目の関ケ原の戦いの舞台となった場所に設けられた駅である。ただ、関ケ原駅から先はいくらか知名度の低い山越えの区間。柏原駅は1日の利用者数が東海道線全駅の中で最少であることで知られるし、その次の近江長岡駅も1日の乗車人員が1000人に満たない山間のローカルな駅だ。そんな近江長岡駅の駅前に一体何があるのか。
近江長岡駅は伊吹山への玄関口としての役割もあるようで、伊吹山観光に訪れたと思しきカップルがホテルか何かの送迎バスに乗り込んでいったし、中国人観光客が駅員になにがしか問いかけている姿もあった。駅前そのものは取り立ててなにがあるわけでもなく、だだっぴろい広場があるだけだ。ところがその一角にある湖国バスのバス停に掲げられた大きな看板である。そこには「Mt. Ibuki」とカラフルな文字。そして重なるようにスキーヤーとまるで往年の浅野温子のように長い髪をかきあげる女性の絵が描かれているのだ。
この看板がいつ掲げられたのかはわからないが、今ではすっかり利用者数の少ない近江長岡駅もかつては伊吹山のスキー場を目指す若者たちで賑わった時代もあるのだろうな……などと思わず想像してしまう。伊吹山には奥伊吹スキー場というスキー場が今もあってそこそこ人気だというが、一昔前にはもうひとつ、伊吹山スキー場というものもあった。が、こちらはスキー人口の低迷で2010年に閉鎖されてしまっている。ただ、くだんの看板のように浅野温子が髪の毛をかきあげまくっていたのはバブルの最中。“私をスキーに連れてって”の時代であった。きっと、この看板はそうしたスキーバブルの時代に掲げられたのだろう。
大動脈・東海道線の駅はどこもかしこも時代に合わせてリニューアルを繰り返してきた。結果として似たような橋上駅舎ばかりになって昭和の面影はすっかり消え失せてしまった。が、近江長岡駅前には令和の今も昭和っぽい看板が堂々と存在している。
東海道線で昭和の終わりのバブル時代を偲ぼうと思うなら、岐阜と滋賀の狭間の近江長岡駅を訪れるべし、なのである。