廃線跡――。錆びついたレールに朽ちた枕木、そして生い茂る雑草。
中にはすっかりその面影もなくなってサイクリングロードなどに再整備されている場所もあるけれど、廃線跡という言葉から抱くイメージはだいたいこんなものだろう。そして、その廃線跡を歩いて往年の活況を想像してちょっとノスタルジーに浸ってみたりする。鉄道がなくなって町も沿線もすっかり元気を失った、あの頃はよかった――。
「軽トラを改造したようなもの」が神話の里を走る
いや、ちょっと待ってほしい。本当にそうなのだろうか。確かに、廃線にはネガティブなイメージばかりがつきまとう。このところ喧しい鉄道存廃議論の中でも、あるいは「鉄道の廃止は地域の衰退を招く」といい、あるいは「不便になって観光客が来なくなる」という。もちろんそれも事実だろう。だが、決してそればかりとも言い切れない。廃線というピンチが、転じてチャンスに――。そんな事例が、宮崎県の山奥にあった。
宮崎県は高千穂町。遥か古、天照大神の命を受けた瓊瓊杵命が三種の神器を携えて高天原から葦原中国に降り立ったという天孫降臨の地。かつて、そこには高千穂鉄道高千穂線というローカル線が走っていた。延岡〜高千穂間を結び、80年代までは国鉄・JR九州高千穂線。1989年に第三セクター高千穂鉄道に転換、そして2005年9月の台風14号で被害を受けて運休し、そのまま廃止に追い込まれてしまった鉄道路線だ。そんな消えたローカル線の終点・高千穂駅だが、今や寂しさとは縁遠いほどに多くの観光客が集まっている。お目当ては、鉄道施設をそのまま活用した“スーパーカート”だ。
「定員10人ほどのカートで廃線跡を1日10往復しているんです。高千穂駅を出発して、天岩戸駅を通って高千穂橋梁まで。スーパーカートと言っても軽トラを改造したようなものなんですけどね(笑)。町から廃線跡を借り受けて、初めて走らせたのは2010年。ぼくらは素人だから、鉄道のことなんてよくわからない。とにかくレールや枕木の間から生えている雑草をむしってむしって(笑)。そこからはじめて、手押し車のようなカートを走らせた。最初はほとんどお客さんも来なかったけど、だんだん増えてきて今じゃせっかく来てくれた人も断らなきゃいけないくらいなんですよ」
こう話してくれたのは、実際にスーパーカートの運転や観光客への案内を担当している高千穂あまてらす鉄道の“駅長”小手川源実さん。小手川さんに限らず、あまてらす鉄道に携わる人の大半は“鉄道の素人”だ。
「特に最近は外国人がたくさん来てくれるんです。この間は海外からの取材もあった。どうやらガイドブックにも載っているみたいで、1日のお客のほとんどが外国人ということもあるくらい。おかげでぼくらがいくら説明をしても言葉が通じないから困っちゃう。中国語、勉強しないといけないかなあ(笑)」
見下ろせば岩戸川、見渡す限りの棚田
外国人客の大半は台湾や中国などの東アジア系。昨年の熊本地震以降、日本人観光客は減少したものの外国人観光客は右肩上がりで増えているのだとか。インバウンドの波は神話の里にも押し寄せている。
外国人観光客で満員のスーパーカート、ハイライトはなんといっても高千穂橋梁。東洋一とも謳われた高さ105mの鉄道橋で、その中央にしばらく停車して眺望を思う存分楽しませてくれる。真下を見下ろせば岩戸川の峡谷、川の左右には高千穂名物のひとつでもあるという棚田が広がっている。このいかにも“日本らしい”光景が、外国人観光客に人気の理由だ。
「冬は田んぼもさみしいですが、初夏になると水が張られて、そして秋には黄金色の稲穂がそよぐ。四季によっていろんな表情を見られます。だから何度も来てくれるお客さんも結構いるんです」