いまや肉ブームの頂点に位置する阿佐ヶ谷の焼肉店「SATOブリアン」。

 食べログ「東京焼肉ランキング」では本店と2号店「にごう」がぶっちぎりで1位、2位を占め(1位にごう、2位本店 2017年3月1日現在)、2017年食べログアワードでも全国の焼肉店で2軒しかない「GOLD」を獲得した。

一番人気のシャトーブリアン ©石川啓次/文藝春秋

 その秘密はシャトーブリアンと呼ばれる稀少部位のヒレ肉を中心とした九州和牛の焼肉をリーズナブルに提供していること。しかも通常の焼肉屋とは違い、スタッフが肉を焼いてくれ、客は一番美味しくなったときを待っていればいい。

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 あまりの人気に、いまは予約を取ること自体が大変。といっても、頑張ればだれでも取れるのが、この店のいいところ。毎月1日(新年などは別日の場合も)に翌月の分の予約を電話で受け付けるというシステムなのだが、電話がつながるまで200回のリダイヤルは当たり前。多いと500回以上リダイヤルしてもつながらない場合もあるほどで、1か月分の予約がわずか1日で埋まってしまうという。

 だが、開店当初はまったく客が入らない日も多かったというから驚きだ。

「店の前をお客さんが通り過ぎていくのは見えても、だれも入ってくれない。暇でしょうがないから、あまった肉でメニュー開発したんです。そこで生まれたのが、いま名物となっているヒレスキやブリカツなんです」(店主の佐藤明弘さん)

〆の名物、ブリめし ©石川啓次/文藝春秋

 オープンしたのは2011年6月。東日本大震災の3ヵ月後で外食自粛ムードが続いている頃のこと。当時、渋谷の焼肉店の店長を10年ほど務めていた佐藤さんだが、そろそろ独立を考えていた。

「当時からシャトーブリアンが好きで、シャトーブリアンを中心とした店をやりたいと物件探しを始めたが、なかなか思ったものが見つからなかった。最初は目黒や渋谷で探していたんですが、家賃が高いうえに、僕の手持ち資金が600万円ぐらいでした。借金してまでやるというのは怖いな、というか自信がなかったので、どうしてもこの範囲でやりたかったんです。そうしているうちに震災が起き、4月の頭ぐらいですかね、朝、目覚めたばかりにある方のブログを見たら、こんな物件出ましたという情報がアップされていたんです」

 その情報をくれた人が、佐藤さんが「人生の恩人」といってはばからない花光雅丸さん(以下まろさん)だった。

「僕はもともとお客さんとコミュニケーションをとるのが好きで、仕事を離れて一緒に外にごはんを食べに行ったり、ミュージカルを見に行ったりしていました。そのひとりがまろさんで、当時すでに200店以上も飲食店の経営をしている社長さんでした」

 その情報がのちに、SATOブリアンの最初の本店になる。佐藤さんは、ブログに書かれていた「阿佐ヶ谷16坪で、自己資金はほとんどかかりません」という内容を見て電話したのだが、実態は3年半後には返さなくてはならない定期借家契約。しかも、その時点で佐藤さんは、阿佐ヶ谷には降り立ったことさえなかった。

「でも、何かピンと来るものがあったんでしょうね、『それで構いません』とすぐに答えて契約したんです。でも、まろさんは、僕から紹介料を1円もとることもなくご紹介くださいました。本当に恩人だと思っています」

 資金は600万円しかなかったが、ロースター会社も応援してくれ、中古ロースターを倉庫に保管しておいて格安で譲ってくれた。

 当初はお客さんがゼロの日もあったというが、転機になったのは芸能界のグルメ王として有名なアンジャッシュの渡部建さんのラジオ番組。

「阿佐ヶ谷でおいしいものを探そうという企画で、担当の方がたまたまうちを選んでくださったんです。僕も番組に10~15分出演して肉の特徴などをお話ししました。するとあくる日から電話がじゃんじゃんかかってきたんです」

 それがきっかけで、雑誌やテレビなどの取材がどんどん入り、調子は上向きに。すき焼きのヒレスキ、カツサンドのブリカツ、どんぶりのブリ飯などの名物が有名になって、あっという間に人気店になった。

 いまや、本店をはじめ、2号店となる「にごう」、3号店となる「ジュニア」(会員制)の3店を構えるSATOブリアン。全国の「予約の取れない店」のなかでも筆頭格となっている。

「先日は、『電話がつながらないから』とお手紙をお送りくださった方までも!  丁寧な文章で、相手方をどうしてもうちに連れて行きたいと書かれており、その気持ちに心打たれましたが、残念なことに、もう既にお席は埋まってしまっていて。こちらもお手紙にてご返信しました」

 ますます進化していくSATOブリアン。先日は恩人のまろさんも久しぶりに来店し、旧交を温めたという。

「まろさんはミシュランを狙うような店も何軒も経営していて、いまでは300もの飲食店を経営していますが、わざわざここまで食べに来てくれたんです。嬉しかったですね」

昨年末、4年ぶりに来店してくれた人生の恩人のまろさん(右)とオーナー店長の佐藤明弘さん

 いまや絶好調のSATOブリアンだが、次なる仕掛けにも余念がない。

「まずはタレですね。その店独自の個性あるタレが来るんじゃないかと思っています。うちはもともとブリダレ、すきダレの2枚看板を掲げていますが、もう1枚面白いのをやっておこうかなと思って、ゴマダレを始めています。突飛なものを組み合わせたりせず、シンプルなところで勝負したいですね」

 さらに温めているのが次なる店。

「阿佐ヶ谷で来年あたり、もう1軒やりたいと思っています。いまの店は上物にこだわっていますが、今後、高い肉ブームから安いほうへシフトしていくような気がするんです。そこでSATOブリアンのディフュージョン店をやろうかと思っています」

 そこでは、現在はコースとして提供していない部位を焼肉として提供するのだという。

「立ち飲みスタイルで単価は5000円いかないくらいに。予約制じゃなく、気軽にウォークインで入れる。ブリカツもシャトーブリアンじゃなくヒレの端のところを使ったカツサンドでお安く。それでも、十分うまいですから。近くで目下、物件をあたっているところです。お客さまがぎゅうぎゅう詰めで盛り上がって楽しい! そういう店をやりたいんですよね」

 どうやら、来年もSATOブリアンから目が離せなさそうだ。

使うのはオーナーの佐藤さんが厳選した和牛のみ ©石川啓次/文藝春秋

Keiko Spice(けいこ すぱいす)

東京都生まれ。得意なディスティネーションはハワイと香港。普段は3日に1回のペースで焼肉を中心とした食生活。別名「肉の妖精」。