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「牙城目掛けて怒涛の如く」“ダンディすぎる棋士”中川大輔八段の武張った文体がすごい

「牙城目掛けて怒涛の如く」“ダンディすぎる棋士”中川大輔八段の武張った文体がすごい

棋力向上だけではない、“読む将”ならではの楽しみ方

2019/11/22
note

中川八段にかかると、定跡書の小見出しは……

 とはいえ、第1章に入ってからは、他の棋書と同じく、途中図の表記には数字が使われている。これは読者の利便性を考えてのことだろう。途中図は、変化の仕方によっては20を超える局面が必要になってくる。それらすべてに漢字を割り振るのは煩雑であろうし、読みにくくなるはずだ。

 だが、武辺に生きる(と、もはや勝手にキャラクター付けしてしまうが)中川八段は、途中図の表記ではなく、別の部分できちんと中川節を見せてくださる。それは、小見出しにおいて、である。

 横書きの、いわゆる「次の一手形式」の定跡書だとその限りではないが、縦書きの定跡書の場合、指し手を数手示したあと、続く小見出しでその数手の狙いや結果を表すという構成が多い。いくつか例を示すと、

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・挟撃態勢を作る
・角交換を狙う
・二枚飛車が厳しく先手勝勢

 とまあ、定跡書の小見出しというと、このような書き方が一般的。だが、中川八段にかかると、小見出しもこんな調子になる。

・飛車をたたっ切る(p31)
・旺盛な攻撃精神の発露(p87)
・騎虎の勢い決戦的態度(p100)
・風雲急を告げる(p105)
・どう来られようと中川流で行く(p116)
・△5二金寄で虎口を脱する(p118)
・牙城目掛けて怒涛の如く(p138)

 実に雄々しい書きっぷりである。剣戟の音や鬨の声が聞えてきそうな小見出しではないか。飛車を切る、ではダメで、たたっ切らないといけないのである。

すぐ勝てる!矢倉崩し (マイナビ将棋BOOKS)

中川 大輔

マイナビ

2013年3月27日 発売

まるで時代小説の一文のようだ

 また、第3章は実戦編ということで、七局の自戦記が載録されているのだが、ここでも中川節は光っている。

「主力の飛車が1六ではもはやカカシ同然、スズメも驚かないありさまである」(p158)などは、まだユーモラスな語り口ともいえるが、

王将リーグ、広瀬竜王ー藤井七段戦を検討する中川八段 ©︎相崎修司

「万全の体勢となったので勇躍△6五歩。矢は弦を放たれた」(p166)

「先手が困ったかに見えたが、飯塚六段裂帛の気合で▲5二飛成と切る」(p189)

 とくると、まるで時代小説の一文のようだ。飯塚六段(当時)は本当に裂帛の気合を上げたのだろうか、近くにいた人は驚いたんじゃないだろうか、と少し心配になる。

 また、ある自戦記では、結びの文章にこう綴られている。

「重い荷物を背負い、一キロのあなたに運ぶとする。一番苦しいのはあと数メートルのときであるが、額に脂をにじませ最後のひと頑張りが何よりも肝要となるのである」(p193)

 あれ? これ将棋の本だったよな、と、戸惑いつつも、筆圧の強いメッセージに感動すら覚える。将棋を習っていながら、同時に人生の要諦を授けられているような心持ちにもなる中川八段の『すぐ勝てる! 矢倉崩し』、強くお勧めする次第である。