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「牙城目掛けて怒涛の如く」“ダンディすぎる棋士”中川大輔八段の武張った文体がすごい

「牙城目掛けて怒涛の如く」“ダンディすぎる棋士”中川大輔八段の武張った文体がすごい

棋力向上だけではない、“読む将”ならではの楽しみ方

2019/11/22
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解説で「マジか!」「やばい!」とカジュアルな言葉を連発

 さて、もうお一方、私が注目する書き手をご紹介したい。

 藤森哲也五段である。32歳。プロ入りから8年、キャリア的には中堅の入り口に差しかかった辺りだろうか。師匠・塚田泰明九段譲りの攻めの棋風が持ち味の棋士である。

2015年10月29日のC級2組順位戦、藤森(写真左)―村田智(右)戦より ©︎相崎修司

 藤森五段というと、2017年、加古川青流戦での解説コメントの弾けっぷりが記憶に新しい。対局者の一人である藤井聡太四段(当時)の妙手に対して、「マジか!」「やばい!」と、およそ解説者らしからぬカジュアルな言葉を連発し、対局終盤、解説の相方を務めた勝又清和六段から、「敗勢となった都成竜馬四段(当時)は何が悪かったの?」と問われて、「相手です」と言ってのけ、将棋ファンからナイスコメントの評価を得つつも、別の方面では、そのコメントが物議を醸したり醸さなかったりした藤森五段である。

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 このエピソードからも窺えるように、先に紹介した中川八段に比べると、藤森五段の言動はやや重みに欠ける嫌いがあるかもしれない。が、逆にいえば、気さくなあんちゃんともいうべきそのキャラクターが、多くのファンから愛されていることも確かだ。

本文に関してはお遊びの要素はない

 その人柄は、藤森五段の定跡書にも表れている。中川八段とは対照的に、藤森五段の書く小見出しは、カジュアル感に溢れている。『藤森式青野流 絶対退かない横歩取り』(マイナビ出版)から拾ってみる。

・先着1名様の角(p30)
・ひょっこり角(p37)
・全ツッパ(p62)
・ギリチョンセーフ(p64)
・がんがんいこうぜ(p73)
・あばれる君(p89)
・急ぐ必要はない。僕らには時間がある(p100)
・バビョーンして先手勝勢(p104)
・右ひじ左ひじ(p155)
・月にかわっておしおき(p157)
・みんながんばれ(p167)
・考えるな感じろ(p191)
・逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ(p197)
・よろしくお願いしまぁぁぁす!(p199)

 まだある。まだめっちゃあるのだが、紙幅の関係もあり、ひとまずこれだけにした。

 実に軽い。カジュアルすぎる小見出しである。が、それゆえに初級者にはとっつきやすいともいえる。「桂跳ねの攻めが成立」と書かれるより、「バビョーンして先手勝勢」と書いてくれたほうが記憶に定着しやすい、と歓迎する人もいるかもしれない。

 将棋の定跡書だからといって、なにもしかつめらしく書かなきゃいけないという決まりはない。そして本書において、カジュアルなのはあくまで小見出しだけで、本文に関してはお遊びの要素はなく、簡潔に明快に書かれ、内容は大変充実しているということは付記しておきたい。

中川八段と藤森五段は、ともに「登山研」のメンバー ©︎相崎修司

 今後も、さまざまな先生方が、さまざまな定跡書を書かれるだろう。その中には、程度の差こそあれ、書き手のキャラクターが反映された、ユニークな文体やスタイルの定跡書があるはずだ。定跡書とは棋力向上のために読むもの、であるけれども、それ以外の楽しみもあるのだと、観る将ならぬ、“読む将”の私は思うのである。

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