「デフレからの脱却、少子高齢化への挑戦、戦後外交の総決算、その先には憲法改正もある。チャレンジャーの気持ちで令和の新しい時代をつくる」
11月20日、安倍晋三首相の通算在職日数が、2887日となり、桂太郎を抜いて歴代単独1位となった。記者団に対して、安倍首相はその感慨を述べ、続けて残る任期での憲法改正実現への意欲を冒頭のような言葉で語った。
安倍政権が掲げる「憲法改正」のロードマップ。だが、その拙速な取り組みに疑問を呈したのがノンフィクション作家の保阪正康さんだ。発売中の「文藝春秋」12月号および「文藝春秋 電子版」でインタビューに答えた。
後藤田正晴のような“重石”がいなくなってしまった
「安倍首相は『2020年の改正憲法施行』を、繰り返し主張しています。しかし、憲法を改正するということ自体が目的化し、なぜいま改憲なのか、この国をどの方向に持っていこうとするのか、その土台から論議を進めていく姿勢は全く見られません。とにかく衆参両院の3分の2の同意を取り付けて、何が何でも在任中に『改正』を実現させたい。首相としてのレガシーを残したいという思いだけで、憲法改正を行おうとしているように見えます」
そういった首相の姿勢を見るたびに、保阪さんはある思いにとらわれるという。
「(今の状況を見るたびに)私はもし後藤田正晴が存命ならば、と思わずにはいられません。『こんなことしとったら、日本は壊れてしまうわな』という彼がよく口にした言葉を最近特に思い出します。保守の中のもっとも良識的な姿勢で日本を見続けてきた後藤田なら『改憲は時期尚早』と首相を窘めたのではないかと私は思うのです。ところが今の自民党には、後藤田のような『重石』はいなくなってしまったようです」
「スケジュール闘争のようなやり方はいかにも拙速です」
保阪氏は、「私自身はいわゆる護憲派ではなく、現行憲法には時代に合わなくなってきたさまざまな点があり、いずれ改憲は必要という立場です」という。
「しかし、改憲には歴史への深い考察がまず必要です。そこを一切飛ばした、安倍政権の現在のスケジュール闘争のようなやり方はいかにも拙速です。これを軌道修正できる後藤田のような有為な政治家がいない今の政治状況を、私は非常に不幸なことだと思うのです」
後藤田正晴(1914年~2005年)は「護憲」の政治家としてしられる。警察庁長官を務めたのち、政界に進出し、内閣官房長官を長く務めた。93年の宮澤喜一内閣では副総理、晩年は首相にも擬せられた。
「旧内務省出身の官僚というイメージとは異なる柔軟な思想の持ち主で、自民党のリベラル派とも言うべき体質を持っていました。のちに宮澤内閣で、PKOへの自衛隊出動にも一定の歯止めをかけて、軍事を政治のコントロール下に置くことを実現させています」
と保阪さんは語る。93年、保阪さんはそうした彼の政治的姿勢に関心を持ち、幾度も本人取材を重ね、彼の評論を書き、『後藤田正晴——異色官僚政治家の軌跡』として出版した。