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社会の一大事よりも、特定の個人にとっての一大事を書きたい――横山秀夫(2)

話題の作家に瀧井朝世さんが90分間みっちりインタビュー 「作家と90分」

2015/04/12

genre : エンタメ, 読書

note

頭の周りをピヨピヨが飛び回って、ああ書けこう書け

――ところで以前インタビューした時に、D県警の「D」の意味をうかがってビックリしました。『第三の時効』などの「F」県警や、『半落ち』の「W」、『臨場』の「L」も意味があるんですか。 

第三の時効 (集英社文庫)

横山 秀夫(著)

集英社
2006年3月17日 発売

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臨場 (光文社文庫)

横山 秀夫(著)

光文社
2007年9月6日 発売

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横山 ああ、Dはね、「ドラえもん」の「どこでも」「ドア」のDだっていう。DDD。ここまでそろったらD県警にするしかない(笑)。いや、大真面目でつけたんですけどね、地方警察はどこも共通の問題を抱えている、「どこでもドア」で繋がっている、ってね。Dはいわば全国地方警察の総称なんですよ。

 Fは県の特定を避けるためですね。福井、福岡、福島でしょ。Nも長野、新潟。両県が近いことが採用理由でした。Wは見た目の美しさですね。Lは語感がいいから。エルケンケイ。なんて言っていると、適当につけてるって思われるでしょうが、一応理由とこだわりはあるんですよ(笑)。

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 そうそう、それで思い出しましたけど、『深追い』だけなぜ「三ツ鐘署」なのかってよく訊かれますね。本当はあれ、M署だったんですよ。ところが第1話を書いていて、そうしたら出てくる人物のイニシャルが重要になってきちゃって、手帳に書かれていた「K」は「片桐」なのか「久保田」なのか、みたいな。そうなると、おかしいでしょ? 作中に解かれなければならない頭文字Kと、それがどうしたとばかりに悠然としているM署の同居は。いわゆる、書き手の顔が見えてしまうわけですよ。

 頭文字に限らず、作中の何かの設定が他の何かを決定づけるということは結構ありますよ。たとえば短編の「第三の時効」は、刑事のキャラクターよりも先にミステリーのネタが浮かんだのだけど、それがかなり過激なネタで、無理なく物語を成立させるためには常識破りの冷血無比な刑事が必要になる、とか。

――『第三の時効』の表題作は打ちのめされましたよ!

横山 ありがとうございます(笑)。あのシリーズ6本は、ミステリー要素と主役の刑事をケンカさせるというか、互いに競わせて強烈なミステリーを作ろうという意気込みで、だから毎回、中編か長編にできそうなネタを叩きこみました。もう刑事もストーリーもガブガブガブガブがっつく感じで。思い返せば、仕事の依頼が集中して一番忙しい頃だったんですよね。あのさなか、ひとつの短編に3つ殺人事件を放り込むなんていう無謀なことをして、前頭葉のあたりがバクバクして、10枚書いたところで今度は眠り病みたいなのに襲われて、うつらうつらしながらそれでも書こうともがいていたら、突如ピヨピヨが現れて……。

――ピヨピヨ……!?

横山 ティンカーベルだかハチドリだかみたいなのですよ。頭の周りを飛び回って、ああ書けこう書けって、ピヨピヨピヨピヨ言うんです。で、うるさいから言ったとおり書くんだけど、でももう眠くて眠くて。そうするとピヨピヨが増えてくるんですよ。2匹なんだか3人なんだか、4羽なんだか5頭だか、とにかくもうピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨって大騒ぎで。結局、その回はピヨピヨが書いちゃったようなところがありました。後で読み返してみたら、推理部分が複雑でなかなか頭に入ってこなかったもの。

――へええ。ずっと仕事場にいて、自宅にほとんど帰らなかった時期ですか。

横山 そう、高崎のマンションの小部屋を借りてそこで自主カンヅメ。自宅には1年間の間に十数回しか帰れなかったです。過去のインタビューでは13日とも18日とも言っていますけれど、まあ十数回ってことで。本当に書ける作家の方に比べたら私の書いている量なんて微々たるものですけれど、本人のキャパシティからすると限界を超えていましたね。

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