味噌汁、うどん、そば、鍋など、多くの和食に使われ、日本人の食生活に深く根をおろす“だし”。伏木亨『だしの神秘』(朝日新書)は、鰹と昆布の合わせだしを軸に、だしが満足感をもたらす科学的な理由や、これほどまでにだしを重視する料理の文化が日本に生まれた歴史的背景などに迫っていく。昆布主体の関西と醤油を強調する関東の違いは、東西の水の違いに原因があるという点など、トリビア的知識も充実している。
夏目漱石の『草枕』では煎茶をふるまうシーンが雅びやかに描かれ、茶の湯が手厳しく批判されている。小川後楽『漱石と煎茶』(平凡社新書)は、煎茶家である著者が茶の歴史を遡り、漱石の意図を深掘りしていく。平安時代に日本へ伝わり、近世に「武家の茶の湯」対「公家の煎茶」の構図で固まったかに見えた煎茶が、幕末の志士にも受け継がれていたという事実にも驚いたが、本書の白眉は、日中の尊王家たちと漱石の意外な精神的連帯を明らかにした点だろう。
近年の若者論のキーワードを論じるのは古谷経衡『「意識高い系」の研究』(文春新書)。過剰な自己評価や自信を持ち、他者への蔑視を繰り返すことで承認欲求を得ようとする「意識高い系」の人々。本著は統計データや社会問題、映画やマンガなどの娯楽作品から、彼らの存在理由を読み解いていく。「意識高い系」と混同されがちな「リア充」をその対極に配置し、スクールカーストや地方の土着性に注目した点がユニークだ。
近年も、その生涯が映画化されるなど注目を浴び続けるユダヤ人の哲学者ハンナ・アレント。難解で知られる彼女の思想を学ぶ格好の入門書が中山元『アレント入門』(ちくま新書)だ。ナチスや全体主義の病理を解剖した代表作『全体主義の起原』や『人間の条件』などを読み込み、良心的だったドイツの人々がなぜユダヤ人を虐殺できたのか、という彼女が生涯取り組んだ問いを掘り下げていく。世界を全体主義的なムードが覆い始めた今こそ、読んでおきたい。
小山聡子『浄土真宗とは何か』(中公新書)は、日本仏教の最大勢力・浄土真宗を開祖・親鸞らの生の姿を通して読み解いていく。自力による難行ではなく、他力と念仏による易行で極楽往生が叶うと説く親鸞の教えは、女性や貧困層といった社会的弱者にも浸透した。一方で、信者や門弟は旧来的な平安仏教のような自力による現世利益も期待した。後継者との確執や矛盾した思想の狭間で苦悩する晩年の親鸞の姿は、現代にも通じる普遍的な人間の姿なのだろう。