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苦節9年で花開いたサウスポー 阪神・島本浩也の「覚悟」

文春野球コラム ペナントレース2019

2019/12/07

 スマホの画面を通しても、実感は伝わってきた。「やっと1年間、1軍で投げ続けられました……」。レギュラーシーズン最終戦を終えた9月30日……いや、深夜で日付は変わっていた。ナイター取材の原稿を書き終えた僕は、甲子園球場のプレスルームから阪神タイガース・島本浩也にLINEを送った。「ひとまずシーズンお疲れさま!」。数日後にはDeNAとのクライマックスシリーズ・ファーストステージも控えており、厳密に言えば戦いはまだ続く。それでも、その一言を伝えたかった。「9年かかったので、本当にやっと……という感じです」。続いた返信には、もがきながら必死に踏みしめてきた険しい道のりが浮かんだ。

苦節9年で花開いた島本浩也 ©時事通信社

プロ人生を左右するであろう1年で「100」を出し切った男

 福知山成美高校から10年の育成ドラフト2位で入団し、今季でプロ9年目。1メートル76センチという決して大柄ではない体から小気味良く放たれる150キロに迫る直球と多彩な変化球を操る投球への評価は高く、14年には支配下登録され16年から指揮を執った金本監督も就任時に名前を挙げて期待を寄せた。だが、1軍の壁はぶ厚く、高かった。17年は一度も昇格できず、昨季はわずか1試合登板。18年春にはサイドスロー転向も経験。与えられてきたチャンスをほとんど生かし切れずポテンシャルは完全に“潜在したまま”だった。

 9年経てば見える景色も様変わりしていた。同期入団選手で、今もタイガースに在籍するのは、17年に20本塁打をマークした中谷将大と大卒の荒木郁也の2人。育成で入団した左腕にとって上位で指名された仲間たちが次々とプロの舞台を去っていく光景に実力社会であることを痛感していた。危機感を感じない方がおかしいだろう。だからこそ、昨秋、金本前監督の後を託された矢野燿大監督が「島本は(1軍の)中継ぎでいける」と発した言葉を伝え聞いた時、表情はより固くなっていた。

「嬉しいとかはないです。期待されるのはもう何回目?という感じですもんね。ほんまに今回が最後だと思うので、やるしかないですよね」。取材ノートに記したこの言葉をずっと思い返しながら、僕は勝負の1年に挑む背番号69を見てきた。

 開幕1軍をつかみ取り、敗戦処理で地道に結果を積み重ね、後半は僅差リードでの場面も託されるなど実力でポジションを上げていった。チームトップの63試合登板、4勝0敗1S、防御率1.67。言うまでもなくキャリア最高の数字で、プロ人生を左右するであろう1年で、これまで持てる力の半分も発揮できていなかった男が「100」を出し切った。実は開幕前、島本は矢野監督に直接、目標を宣言している。「70試合投げます」。実績を見れば完全なビッグマウス……でも、今思えば「0」か「100」か。どちらに振り切ってもおかしくないぐらい19年シーズンにすべてを懸ける思いの強さを表す言葉だったように聞こえてくる。

躍進島本の働き方改革 ©スポーツニッポン