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 そうして僕が手に入れたおもちゃは、国語辞典だった。辞書は説明文が短いし、物語もないから読みやすい。最低限の言葉しか使わないので、一文が研ぎ澄まされていて切れ味が良い。最初はひたすら単語を引いているだけだった。しかしそのうちそれでは飽き足らなくなり、自分だけのルールを設定した「ゲーム」へと進化していった。そのゲームの名前は……ない。一人遊び用であり他人に「こんな遊びがあるんだよ、いっしょにやろう」なんてとても言い出せなかったので、名前を付ける必要がなかったのだ(「名前」というのも他者とルールを共有するためのツールなんだなとわかりますね)。ただ、自分の中でなんとなく「水切り」と呼んでいた。それだけだとわかりづらいので、「ことばの水切り」だろうか。とにかくどのように遊ぶのかを説明するのが、まずは早い。


言葉遊びその1 「ことばの水切り」

人数 一人~
必要な道具 国語辞典1冊

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1 辞書のページを適当に開く。

2 その中にある任意の単語を一つピックアップする。たとえば、「深刻」。

3 選んだ任意の単語の説明文を読む。

しんこく【深刻】①きびしい現実の対策に、重大な決意が必要な様子。「―な問題・―な顔つき」②根本問題について、いろいろ考えさせられる様子。「―な発言」
(三省堂『新明解国語辞典』初版、以下同)

4 その説明文の中から、さらに任意の単語を一つピックアップし、それを同じ辞書で引く。たとえば、「決意」。

けつい【決意】自分の取るべき行動・態度などをはっきりさせ、その通り実行しようと心に決めること。決心。

5 この手順をひたすら繰り返す。


 説明文から説明文へ、単語から単語へ、ぴょんぴょんと跳ねてゆく。そこが川に向かって石を投げてぴょんぴょん滑らせてゆく「水切り」をイメージさせるので「ことばの水切り」なのである。このゲームにゴールはない。より多くの単語へと飛び、より長い時間プレイできた者こそ勝者である。実際にやってみるとわかるが、どの単語を選ぶかで運命は大きく分かれる。たとえば「決意」の説明文であれば、「実行」を選ぶとこうなる。

じっこう【実行】理論で考えられる事やそうすべきだと思う事を実際に行うこと。「―力・―委員会」

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