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小説で描かれたことが現実に……?

 お母さんはご無事だろうか。心配で夜も眠れない日が続きました。数日後、連絡が取れ電話で話をすることができました。

「なんともあらしまへん。おおきに」

 今は、嫁いだ娘さんの家に身を寄せておられるとのこと。ホッと胸を撫でおろします。しかし私の心は晴れませんでした。「ひょっとして火事に遭ったのは、この私にも責任があるのではないか?」と悩んでいたからです。というのは……。

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 小説の中で主人公「もも吉」が若かりし頃、不審火で火事に遭い、先代から女将を継いだばかりのお茶屋が燃えてしまうというシーンがあったのです。自分の責任でもないのに、何も悪いことをしていないのに、人生にはどうしようもなく辛い出来事が起きることがある。しかし、そこで泣いていても始まらない。それに耐えて耐えて、前向きに生きていくしかないのだ……。そういう「架空」のエピソードが盛り込まれていたのです。

※写真はイメージです ©iStock.com

全焼火事からひと月足らずで届いた一枚の挨拶状

 日本には古来「言霊」というものがあります。言葉には霊力が宿り、口にしたことが実際に起こると信じられています。それと同様に、文字にも霊力があります。うかつにも火事のシーンを描いてしまったために、本当に火事が起きてしまったのではないか。私は、罪の意識に苛まれました。すぐに編集長に相談。すると、やはり、

「お母さんにも祇園の方々にも不快な思いをさせてしまうことになりかねない。変更しましょう」

 迫る締め切りの中で、急遽「その部分」を書き直したのでした。

 僅かばかりのお見舞いをしたためると、まもなく一枚の挨拶状が届きました。そこには、「……気落ちしておりましたところ、皆様方よりあたたかい激励を頂き、この災難にめげずに立ち向かい、来春の都をどりの時期を目途に『吉うた』再建を果たそうと思っております。……」とありました。

©iStock.com

 消印は8月5日。火災からまだひと月足らず。なんという前向きさ。お歳は80近かったはず……。その前向きな行動力に驚くばかりでした。ところが……です。これからひと月ほど後、さらなるお母さんの真のバイタリティに驚かされるのでした。