『春に散る』上(沢木耕太郎 著)

 これは間違いなく沢木文学のひとつの頂点を成す傑作である。自分の人生とも重ね合わせ、哀切や悔恨、様々な思いが胸に迫った。

 沢木耕太郎は「人は人生のけりをどうつけるべきなのか。そもそも人生にけりなどつくのか」というテーマを追い続けた作家である。盛夏の輝きを切り取るのではなく、秋を迎え、さらに冬を迎えした者たちの、重荷を背負う息苦しい余生を、デビュー以来四十年近く、比肩する者なき天才的感性で問い続けてきた。

 盛夏に燃やす炎の輝きが強い者ほどその後の老いゆく人生に苦しむ。沢木の考える老いの苦しみとは、死が近づく恐怖ではなく、けりをつけられずに生き続けることへの恐怖である。その生き地獄の前には肉体の死などいかほどのものでもない。

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 主人公の広岡仁一はボクシングの世界王者を目指して若き日に渡米したが挫折、四十年後の現在は事業で大成功をおさめている。しかし手に入れたのは金銭だけで結局なにも決着をつけられない人生に倦んでいた。その徒労を抱えたまま四十年ぶりに日本に帰国、偶然が重なって若き日に所属したジムに顔を出す。そこで、かつて一緒に世界王者を狙い“四天王”と呼ばれていた残り三人の消息を聞き、訪ね歩くことになる。

 だがかつての仲間たちは、みな安寧とはほど遠いところにいた。一人は刑務所に入り、一人は破産状態、一人は妻に先立たれて家賃を滞納し住居を追い出されようとしていた。主人公と同じく誰ひとりけりをつけることができていない。その原因は、もちろん完全燃焼しきれずに引退したボクシングにあった。

 主人公は一軒家を借り、刑務所から出てくる一人を待って、四十年ぶりに四人での共同生活を始める。「チャンプの家」と名付けられたこの家を拠点にして、四人は人生にけりをつけられるのか――。

 本作は古希にあと一年をきった沢木が、本人が意識するとしないにかかわらず、『一瞬の夏』などでモチーフとして描き続けたボクシングにけりをつけるために書いた小説だ。上巻に、まさしくこの《ケリ》という言葉がテーマとして大切に置いてある。『流星ひとつ』で藤圭子との出会いに決着をつけ、『波の音が消えるまで』で深夜特急時の博打に決着をつけたように、この作品もまた、ボクシングに対する決着である。古希以降の沢木が自身の作家キャリアに、これからどんな作品をぶつけ、どんなけりをつけていくのか。彼の作品とともに青春を伴走してきたわれわれ読者は、その決着を見届ける義務がある。

さわきこうたろう/1947年東京都生まれ。横浜国立大学経済学部卒業。79年『テロルの決算』で大宅壮一ノンフィクション賞、82年『一瞬の夏』で新田次郎文学賞、2006年『凍』で講談社ノンフィクション賞、13年『キャパの十字架』で司馬遼太郎賞受賞。

ますだとしなり/1965年愛知県生まれ。小説家。『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』で大宅壮一ノンフィクション賞。

春に散る 上

沢木耕太郎(著)

朝日新聞出版
2016年12月31日 発売

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春に散る 下

沢木耕太郎(著)

朝日新聞出版
2016年12月31日 発売

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