資本主義社会においては、権力と金の間に代替関係があるという現実をリアルに描いた作品だ。08年の米国大統領選挙で格差是正の方針を打ち出したオバマ大統領が当選したことに一部の超富裕層が強い危機感を覚えた。そして謀略的な手法によって、オバマ政権の権力基盤を切り崩すことにした。中心的な役割を果たすのがチャールズとデイヴィッドのコーク兄弟だ。コーク一族の歴史が詳しく追跡されているが、他人を搾取し、収奪しても良心の痛みをまったく感じず、儲かるならばスターリンやヒトラーにも平気ですり寄る俗物一族によるピカレスク(悪党)小説を読んでいるようだ。
コーク兄弟は、政治性がないように偽装した慈善財団を立ち上げ、そこからの資金援助を通じて、徐々に影響力を拡大していった。その標的として特に重視されたのがエリートを多く輩出する大学だ。「チャールズ・G・コーク財団」をきりもりしていたジョージ・ピアソンの「海岸堡」戦略が興味深い。〈(ピアソンは)保守派の細胞、つまり「海岸堡」を、「もっとも影響力の大きい学校で確立し、それを目的遂行のための最大の手段にする」と説明している。この手順は、直截(ちょくせつ)ではないやり方で巧妙に進めなければならないし、欺瞞も必要になるかもしれない。/(中略)ポストを確保したり、教職員の任命に口を出したりすれば、「激しい反論」を引き起こすから、そういうことは避けなければならない。それよりも、保守派のドナーは、似た考え方の教職員を見つけて、外部から資金援助し、影響力が大きくなるように仕向けるほうがいい、とピアソンは提案した。〉この謀略は着実に進められ、米国の大学に競争原理と規制緩和を礼賛し、自己責任を強調する勢力が確固たる基盤を持つようになる。さらにコーク兄弟ら大富豪は、自己の利益を代弁する勢力に共和党を転換していく。
こういった動きにオバマ大統領が気付くのがあまりにも遅かった。〈2012年初頭、ルーズヴェルト会議室での会合で、選挙参謀のジム・メッシーナが、悪い報せを伝え、オバマを驚愕させた。反オバマ活動に使われる共和党外部の支出が、6億6000万ドルにのぼると予想されていた。/「たしかなのか?」オバマはきいた。/「かなり確実です」メッシーナが答えた。/オバマは(中略)「これよりもひどく公共の利益を破壊した物事を、私は思いつかない」と述べていた。〉
米国社会はこの暗黒から抜け出せないのではないかと不安になる。
Jane Mayer/1955年ニューヨーク生まれ。エール大卒。ウォール・ストリート・ジャーナル紙などを経て、現在雑誌『ニューヨーカー』記者。アメリカの政治と金の関係に強い関心を持ちつづけ、執筆記事や著書は様々な賞を受賞し、高い評価を受けてきている。
さとうまさる/1960年生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。作家・元外務省主任分析官。『国家の罠』など著書多数。