★頭文字などに別の言葉を織り込む「アクロスティック」。この遊びは、平安の昔から行われていた…。
そして大昔の歌人には、言葉遊びの神みたいな人がいる。源順(みなもとのしたごう)という平安時代中期の歌人。知らなくても無理もありません。なにしろ教科書にも出て来ないし。でも、いちおう三十六歌仙の一人。博学の才人で知られ、若くして漢和辞書を編纂したり、『落窪物語』や『うつほ物語』、『竹取物語』の作者ではないかとも言われている人。文学史の上ではあまり顧みられてこなかったけれど、上級貴族ではなかったことと、代表作がとても正統派とはいえない言葉遊びに走ったものばかりであることが理由ではないかと思う。たとえば歌集『源順集』にはこんなのが入っている。「あめつちの詞」と呼ばれている作品。
あらさじと打ち返すらしを山田の苗代水にぬれて作るあ
注・最後の「あ」は「畦(あぜ)」の古い語形。
めも遥(はる)に雪間も青くなりにけり今こそ野辺に若菜摘みてめ
つくば山咲ける桜の匂ひをば入りて折らねどよそながら見つ
ちぐさにもほころぶ花の繁きかないづら青柳縫ひし糸すぢ
ほのぼのと明石の浜を見渡せば春の波分け出づる舟のほ
しづくさへ梅の花笠しるきかな雨にぬれじときてや隠れし
そら寒み掬(むす)びし氷うちとけて今や行くらむ春のたのみぞ
らにも枯れ菊も枯れにし冬の野のもえにけるかなを山田のはら
注・最初の「らに」は「蘭」と書き、フジバカマの別名。
頭文字とお尻の文字が必ず一致するようになっていて、そして頭とお尻の文字を取ってゆくと「あめ」「つち」「ほし」「そら」。ここから「あめつちの詞」と呼ばれているわけである。この8首がワンセットで「春」の章。以降も「夏」「秋」「冬」「思」「恋」と同じ趣向で計48首が並んでおり、「あめ(天)」「つち(地)」「ほし(星)」「そら(空)」「やま(山)」「かは(川)」「みね(峰)」「たに(谷)」「くも(雲)」「きり(霧)」「むろ(室)」「こけ(苔)」「ひと(人)」「いぬ(犬)」「うへ(上)」「すゑ(末)」「ゆわ(硫黄)」「さる(猿)」というふうにダブルアクロスティックになっているのである。その後は力尽きたのか「おふせよ」「えのえを」「なれゐて」と意味不明な言葉になっているけど。ちなみに「え」が二つあるのは、この作品が成立した時期にはまだア行のエとヤ行のエが区別されていたから。この作品は毛筆で仮名を書く練習をするための「手習い」として使われていたといわれている。最初に書いた「あ」を確認しながら、課題点を修正して最後の「あ」に取り掛かる、といった感じだったのかなあ。