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 そもそも刃牙は最初から、他の男性キャラと比べて、黒目が大きく輪郭がすっきりした、かわいらしい顔立ちで描かれている。そのうえ、小悪魔。いくらマンガでも、出会い頭にパンチしてくる男の拳に、キスとかなかなか出来ねえから。身体能力的な問題じゃなくて気持ちの問題だから。刃牙さんは、自信を持って男を誘っていらっしゃる、ということが第1話の時点で明らかなのだ。B Lだという確信が持てる。できれば25年前にこのことを知りたかった。『少年ジャンプ』(乙女の必修科目)ばかりに気を取られて、完全に油断していた。

 さらに重要なことがある。第1話で分かるのは、B Lだということだけではない。わずか17歳の少年が、異常なほど戦い慣れていること、そして傷だらけの躰(カラダ)をしていることだ。いったいどんな少年時代を過ごしてきたのか……? テキストが届くのを待ちきれず、インターネットで調査を決行した私は、刃牙の驚くべき生い立ちを知ることになる。

『グラップラー刃牙』19巻表紙

 刃牙の生い立ちについて触れる前に、確認したいことがある。「グラップラー刃牙」読者のみなさんは、少女マンガの古典的傑作である『風と木の詩(※4)』をご存じだろうか。

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 主人公のひとりジルベールは、類稀(たぐいまれ)なる美少年だ。不義の子として生まれたため、母に見放され、実父からはあらゆる虐待を受ける。極度に愛に飢えたジルベールは、全寮制の男子校で、実父の気まぐれな来訪を待ち焦がれつつ、周囲の少年たちを手当たり次第に誘惑し、性的放埒(ほうらつ)を重ねる。現在のB Lジャンルの源流をなす作品の1つであり、この界隈で「ジルベール」といえば、悪魔的な美少年の代名詞となっているぐらいだ。

 さて、そこで刃牙の生い立ちだ。父親は「地上最強生物」こと範馬勇次郎(はんま・ゆうじろう)、母親は朱沢コンツェルン総帥の朱沢江珠(あけざわ・えみ)。80年代に青春時代を過ごした私などは、もうここで「コンツェルン総帥ッッ!?(※5)」とクリティカルヒットを受けたが、要点はそこではない。

『グラップラー刃牙』はBLではないかと1日30時間300日考えた乙女の記録ッッ(河出書房新社)

 略奪婚で結ばれた夫妻の息子・刃牙は、江珠によって幼少期から激しいトレーニングを強制され、父母の愛に飢えたまま育つ。勇次郎が(なんでか知らんけど)刃牙を殺そうとしたその時、江珠は刃牙を庇って死ぬ。それ以来、刃牙は勇次郎への復讐を誓い、勇次郎を倒すためだけに、さらに猛烈なトレーニングと、真剣勝負を重ねる……。

 あっ……これどこかで見たことあるな? 見たことありませんか?

運命のいたずら的な出生
→両親による苛烈な虐待
→父に対する激しい執着
→妄執的行動
→男同士の1対1のアレ

 これは法廷で決着をつけずとも、もう9割一致してるな、とおわかりいただけると思う。

※4 “詩“は“うた”と読む。竹宮恵子(現在は惠子)による少女マンガ作品で、『週刊少女コミック』(小学館)で1976~80年、その後、『プチフラワー』(同)で81~84年に連載された。70~80年代に女性を中心的な担い手として人気を博した「少年愛」「耽美」といわれるジャンルの、金字塔的作品の1つ。略称は「風木」。

※5 「コンツェルン」、「総帥」はともに、実体はよく分からないながら、「超規格外の金持ち」「国家的な権力者」「有能すぎる経営者」を示唆する言葉として、マンガや小説のキャラクターの肩書に使われることがある。「かっこよすぎる肩書」として、80年代の私の胸に刻まれた。しかし今、「コンツェルン総帥」であるキャラクターの実例が全く思い出せないので、虚偽記憶かもしれない。なお、「刃牙」本編では「朱沢グループ」「朱沢財閥」という言い回ししかなく、「コンツェルン」表記はWikipediaのみである。Wikipedia記事作成者もまた、80年代にコンツェルンの呪いをかけられた者なのであろう。