天知茂の当たり役といえば、やはりなんといっても明智小五郎に尽きるだろう。
キャリア晩年期にテレビ朝日「土曜ワイド劇場」内のシリーズで演じていたのだが、これが最高だった。クールでダンディなたたずまいは、いかにも怜悧な頭脳の名探偵。加えて、若い頃から培ってきた暗黒のオーラは江戸川乱歩の猟奇的な世界にピッタリとマッチしていた。
そして何より、その声である。ここ一番で轟かせてくる、独特のドスを利かせた発声の押し出しの強さ。これが、眉間に皺を寄せての鋭い眼光と共に放たれると、その推理が犯人が言い逃れできない説得力を帯びてくる。たとえ推理が突飛なものだったとしても、観る側にそれを忘れさせるだけの迫力があった。
そんな天知の迫力を映画で堪能できるのが、今回取り上げる『白昼の死角』だ。
戦後復興から高度経済成長期にかけての東京を舞台に、大企業を相手にした巨額詐欺を仕掛けていく主人公・鶴岡(夏八木勲)の活躍が描かれる。この鶴岡という男は法律と経済の知識に長けていて、法の抜け穴を巧みに突きながら悪事を重ねていく。そのため、警察もなかなかその尻尾を捕えることができない。
せせら笑うかのように大金を騙し取っていく夏八木のふてぶてしさが実に爽快で、たまらなくカッコいい。
だが、その前に一人の男が立ちはだかる。それが検事・福永。演じるのは天知茂だ。
ここでの天知はあの頼もしい明智と変わらぬ怜悧さで、そして激しい感情をたぎらせて鶴岡と対峙する。何度も鶴岡に苦杯を舐めさせられ「いつか必ず尻尾を掴んでやる!」と誓ってこれ以上ないほど眉間に皺を寄せて怒気を表す場面、鶴岡の偽造手形を見抜く場面――。とにかく凄まじい迫力を放ち続け、鶴岡に感情移入する身には脅威以外の何ものでもなかった。
それでも鶴岡は法律の知識を駆使して言葉巧みに逃れていく。だが、最後になって仲間のミスで足がつき、逮捕状を突き付けられる。それでも鶴岡は「そんな判例はないはずだ」と開き直る。日本の司法では裁判の判例が法的に最も重要な位置にあり、判例がなければ逮捕は難しくなる。鶴岡はそれを熟知していた。
今回も逃げおおせるか――というところに福永が現れる。そして、こう言い放つのだ。「判例がなければ、この私がこれから作る!」
日本の司法の根幹を揺るがしかねない発言だ。が、天知の声で言われると、その迫力に圧倒されて納得させられてしまう。さすがの鶴岡ですら何も言葉が出ないだけの、強烈な押し出しだった。