現在発売中の「週刊文春エンタ!」にて、声優の上坂すみれと対談させていただいた。彼女も旧作邦画が大好きだということを聞いていたのだが、想定していた以上に熱く語り合うことができた。
対談の中で最も盛り上がった話題は、天知茂。往年の名優である。お互い大の天知好きだということもあり、話は止まるところを知らなかった。
そして、はたと気づいた。筆者は天知茂が大好きであるにもかかわらず、本連載で全く話題にしていなかったのだ。
そこで、今回からしばらくは天知茂の出演作を取り上げていこうと思っている。
まずは若き日の天知が出演した『憲兵と幽霊』。上坂すみれが最も好きな天知作品だというのもあり、対談でもかなり長く語り合っている。
舞台は戦時中の東京。憲兵の波島少尉(天知)は部下の田沢(中山昭二)を機密文書を盗んだ疑いで拷問にかけ、処刑してしまう。だが実は波島は田沢の妻・明子に横恋慕しており、そのために邪魔な田沢を排除しようと無実の罪を着せたのだった。しかも、実は波島こそがスパイであり、陰で中国に秘密を売っていた。
――といった具合に、まさに最低の人間を天知が演じているわけだが、これが実に見事にハマっている。
天知といえば、後の『非情のライセンス』や明智小五郎役でも見せた、ハードボイルドとムーディを兼ね備えた、大人のダンディズムが魅力だ。彼のトレードマークといえる眉間の皺、鋭い眼光、不敵な笑み、しゃがれ気味だが押し出しの強い声――その全てが彼独特の暗黒オーラを放つ要因となり、物語の雰囲気を漆黒の暗闇が包み込んでいく。
本作での天知にはそこまでのダンディさはない。が、眉間の皺と眼光は既にこの段階から装備されており、さらに後年とは異なったやせ細った輪郭がその眼光を強調。そのハゲタカのような凶悪な面相が、田沢夫妻を陥れていく傲慢さや冷徹さを生々しく伝え、波島のエゴイストぶりを完璧に表現する結果となった。
それだけではない。物語終盤、波島は中国側に切られて追い詰められていくことになるのだが、それにつれて眉間の皺はどんどん深く刻まれていくのだ。そのことで、波島の苦悶や必死さがハッキリと分かり、サスペンスとして盛り上がる。同時に「ざまあみろ」という因果応報のカタルシスも観る側に与えてくれる。
暗黒さが基調であるのは一貫して変わらないのだが、後年の天知は大人が醸す「暖かく余裕のある暗黒」。それに対し、本作が醸すのは若さゆえの「冷たく必死な暗黒」。
どちらの天知茂も、たまらなくカッコいい。