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連載春日太一の木曜邦画劇場

ここ一番での動的な演出 片渕作品のアクション性――春日太一の木曜邦画劇場

『マイマイ新子と千年の魔法』

2020/01/01
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2009年作品(94分)/エイベックス・エンタテインメント/5800円(税抜)/レンタルあり

 片渕須直監督のアニメ映画『この世界の片隅に』が、新たなカットを大幅に加え、『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』として公開された。

『この世界~』は、繊細で緻密な日常描写が積み重なって展開され、それが徐々に戦争の影に侵食されていく過程が静かなタッチで綴られる。そのため、片渕監督のことを『この世界~』で知った方の多くは、静的な演出をする人だと思っているはずだ。

 ただ、筆者にとっての片渕監督は「アクションの人」。というのも、ギャングたちが東南アジアを舞台に大バイオレンスを展開するテレビアニメ『ブラック・ラグーン』を観た時に「なんだ、この面白いアクションは!」と驚き、そこに監督としてクレジットされた「片渕須直」という名前が頭に刻印されたのである。

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 そのため、『この世界~』を含めた『ブラック~』以後の作品も、そういった視点で観てしまう。で、その視点で観てみると、たとえ静的な世界にあっても動的なアクション演出を巧みに盛り込んでいることに気づかされる。

 今回取り上げる『マイマイ新子と千年の魔法』は、その最たる作品といえる。

 麦畑の広がる田舎を舞台に、元気一杯の少女・新子と都会から転校してきた大人し目の少女・貴伊子の友情が育まれる様子が描かれている。

 序盤、初めて二人が心を通わせる場面があるのだが、これが実にアクション性あふれる演出がほどこされていた。

 貴伊子は初めて新子の家を訪ねる。ここで二人は、茶の間でウイスキーボンボンを食べる。がっついて食べる新子、上品に食べる貴伊子。「動」の新子と「静」の貴伊子、両者のキャラクターがはっきり伝わる描写だ。

 ここからが面白い。一瞬の間をおいて、大人しかった貴伊子が大声で笑い出す。ウイスキーに酔っぱらったのだ。新子は一転してポカンとする。

 ここで貴伊子は初めて自分の殻を破り、新子は貴伊子に自分と変わらない愉快さを見出すことになる。二人が対等の関係で心を通わせ真の友となる様を、片渕演出はセリフを一切使うことなく、両者の「静」と「動」の転換という形で表現している。いつの間にか攻守が入れ替わっているのだ。この動的ダイナミズムこそ、まさにアクション演出。

 クライマックスもしかり。それまで新子に手を引かれて走っていた貴伊子が、新子の手を離れ最後は先行して走っていく。ここでも躍動感をもって人物の感情を伝えている。

 一見すると静的な世界でも、ここ一番で動的な演出を見せる片渕作品。もちろん『この世界~』の中にもあるので、ぜひこの機会にご確認を。

ここ一番での動的な演出 片渕作品のアクション性――春日太一の木曜邦画劇場

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