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心が温まる「泣ける話」

2020/01/09

「おいしいと言って食べてあげればよかった」

 えー……。思い出そうとするが、なかなか出てこない。すると優子が「私はカレーかなあ」と言った。

 聞くと、優子は子供の頃からカレーが大好物で、幼稚園児の時、おばあちゃんの家に一人で泊まりに行った際、夕食にはカレーが食べたいとせがんだそうだ。おばあちゃんは、ちょっと渋い顔をしたそうだが、夜にはちゃんとカレーが出てきた。福神漬けも添えられ、おいしそうだったという。

「でも、そのカレーに長ネギが入っていたの」

「カレーに長ネギ! あり得ない」

 清美は思わず吹き出した。

©iStock.com

「こんなのカレーじゃないって駄々こねたら、おばあちゃんがしきりに謝ってくれたの。おばあちゃん、昔おじいちゃんに買ってもらった料理書を引っ張り出して、その日、生まれて初めてカレーを作ったんだって。それで、近所に買い出しに行ったんだけど、玉ねぎを買い忘れちゃって、代わりにネギを入れたんだって。裏庭でたくさん作っていたから。それを知ったのはずっと後、高校生の時なんだけれど、なんだかしんみりしちゃった。おばあちゃんに悪いことしたなって。おいしいと言って食べてあげればよかった」

 清美は思わず向こうを見上げた。青い空に煙はもうなかった。

 火葬場のエントランスのあたりに人が出てきた。両親の姿も見える。納骨のため、墓地に行く時間らしい。優子も振り返り、二人で歩き出した。

そっと開けた箪笥の中には……

 帰京はその翌日だった。後ろ髪を引かれる思いがして、夕方の切符を取っておいた。昼前、母親が掃除に行くというので、実家からバスでおばあちゃんの家に二人で向かった。

 母から荷物の整理を頼まれ、畳敷きのおばあちゃんの部屋に入ると、見覚えのある桐の箪笥があった。

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 下の4段は引き出しになっており、着物や帯、肌着が収納されていた。衣装箪笥はそこまでで、その上は引き戸になっていた。小さかった頃の清美はその引き戸に手が届くほどの背丈がなかった。でも今は箪笥よりも背が高くなったから、悠々と手が届く。

 清美はそっと引き戸を開けた。思ったより雑然としている。