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心が温まる「泣ける話」

「あたしもすぐにいくからね」53年間連れ添った夫の最期に、市原悦子さんが見せた“涙と演技”

「死ぬと思ったかな、思わなかったかな」

2019/12/28

 2019年1月に惜しまれつつも亡くなった市原悦子さん。ドラマ『家政婦は見た!』やアニメ『まんが日本昔ばなし』などで知られる名女優は、折に触れて人々の心に響く魅力溢れる「ことば」を遺していました。それらをまとめた書籍『いいことだけ考える』が刊行。珠玉の「ことば」が詰まった同書より、53年連れ添った最愛の夫・塩見哲さんが亡くなった際のエピソードを公開します。

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 市原さんは何より“死”を恐れる人だった。最愛の夫・塩見哲さんを亡くしたのが2014年4月。2人は1957年に俳優座養成所で出会い、夫婦生活は53年に及んだ。

 わたしは亡くなる直前(同年1月)の塩見さんにインタヴューをしている。半蔵門にあるホテルのカフェに現れた彼は、薄いカーキ色のボルサリーノをかぶり、同色のカシミアのコートがよく似合った。小柄だが、お洒落でとてもいい声をしていた。わたしが、「妻の市原さんが有名な女優だから、塩見さんは『髪結いの亭主』なんて噂されていますが?」とぶしつけな質問をすると、彼は飄々として「僕が食わしてもらっているような形になっていますけど、2人の間では普通のことですよ」と答えたのを覚えている。

 だが仕事の面では、むしろ市原さんの方が塩見さんに従い、彼の意見を最優先させていた節がある。

©文藝春秋

 例えば、13年9月に対談集『やまんば 女優市原悦子43人と語る』を出した時。写真家の駒澤琛道さんや、作家の村田喜代子さんら42人との対談が収録され、総ページ数も仕様も決まり、編集作業も大詰めを迎えていたある日、突然、市原さんが会議中に「塩見から『あんたは舞台女優だったのに、このラインナップでは(良さが)伝わらないよ』と言われたの」と訴えた。そこで急遽、巻末に演劇評論家の石澤秀二さんとの対談を追加したのだった。

 当時、市原さんは親しい人に「塩見がタバコを吸ったら、『もう離婚する!』と言っているのよ」と冗談半分に話していた。だが、編集会議の後は、決まっていつも優しい声で夫に電話をかけ、「これから帰るからね。ケーキを買っていこうか」などと、若いカップルのようにしていた。

 13年12月、『やまんば』の出版記念と市原さんの喜寿を祝うパーティが椿山荘で開かれた。塩見さんは珍しく演壇に立ち、「気がつくと、市原悦子の亭主というのを50数年やっている。よく飽きもせずにやっているなと、驚いています」と、挨拶して会場を沸かせた。今思えば、この頃すでに肺がんを患い、病状はかなり進行していたのだろう。