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史上初の「二冠」ならず……かまいたちがM-1で放った“大仕掛け”と、それでも優勝できなかった理由

2人はコンテストのタブーに挑んだ

2019/12/27
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 これまで『M-1』の決勝でかまいたちが見せていたのは、山内が理詰めで相方の濱家を強引にねじ伏せるという漫才だった。山内が神経質で理屈っぽいキャラクターを演じると、マルチ商法の販売員やカルト宗教の教祖のような凄みが出る。2017年と2018年はこのスタイルで決勝に進んだものの、優勝することはできなかった。

前回大会から明らかに進化した“漫才スタイル”

 2018年から『M-1』で審査員を務めるナイツの塙宣之は、著書『言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか』(集英社新書)の中で「三角形の理論」を提唱している。漫才では、ボケとツッコミと客席がそれぞれつながっている「三角形」を描くのが理想的だというのだ。要するに、2人の会話だけで完結せず、観客を巻き込むのが大切だということだ。

2017年の「キングオブコント」では優勝 ©時事通信社

 著書の中で塙は、2018年の『M-1』で見せたかまいたちの漫才は三角形ではなく「点」になっていると評した。かまいたちの漫才では、山内が力強く持論を述べるだけのワンマンショーになっている。濱家はそこにツッコんではいるが、掛け合いになっていないので、そこで笑いが来ない。そのため、漫才としてはあまり評価できなかったというのだ。

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 本人たちが塙のこの指摘を知っていたのかどうか、知っていたとしたらそれをどう受け止めたのか、というのは分からない。ただ、今年の『M-1』では、かまいたちはネタの形を変えてきた。塙が指摘したような山内の“独りよがり感”が消えて、ツッコミの濱家の存在感も際立ち、観客を自分たちの世界に引き込めるようになっていた。

ツッコミの濱家に観客が共感できたのはなぜか?

 1本目のネタは最近の彼らの最高傑作である。漫才の序盤で、山内が「USJ」を「UFJ」と言い間違えてしまう。濱家にそれを指摘されても、山内は頑なに自分が言ったとは認めず、むしろ間違えたのは濱家の方だと突拍子もない主張をする。これまでにも山内が理詰めで常識に反するような主張を押し通す漫才はあったが、ここではさらにその上を行き、明らかに無理のある主張を貫こうとしていた。

©M-1グランプリ事務局

 山内は一分の理もない自説を堂々と主張して、一歩も引かない。それどころか、濱家の方が理屈に合わないおかしいことを言っているような振る舞いをしてみせる。挙げ句の果てには、濱家の言うことを無視して話し続け、その様子を不審に思った濱家が定位置から移動すると、それが見えていないかのように山内は誰もいない空間に向かって猛然としゃべり続ける。

 この段階で、濱家は山内から遠く離れて、観客の方を向き直り、山内のおかしさを訴える。山内の押しの強さに濱家が力負けする瞬間だった。本来ならツッコミはボケを“訂正”しなくてはいけないのに、それをさせてもらえないぐらい山内の勢いがすさまじく、最終的には濱家が観客に泣きつく羽目になっていた。