漫才日本一を決める『M-1グランプリ』は、出場する漫才師たちの大会であると同時に、審査員を務める芸人たちの大会でもある。松本人志、上沼恵美子、オール巨人をはじめとする大御所芸人たちが、若手のネタを見てどういう評価を下すのか、ということも視聴者の興味の対象になっている。

 いわば、この大会では審査員も視聴者によって審査されているのだ。そして、そんな審査員の何気ないコメントひとつが、出場する芸人を勇気づけたり、地獄の底に突き落としたりする。

『M-1グランプリ2019』で優勝したミルクボーイ ©M-1グランプリ事務局

今年の『M-1』を決定づけた“松本発言”

 12月22日に放送された『M-1グランプリ2019』では、序盤に出たひとつの審査コメントが大会全体の流れを決めたようなところがあった。それは、1組目のニューヨークに対する松本のコメントだ。彼はニューヨークに「82点」という低い点数を付けた理由についてこう述べた。

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「最近ツッコミの人って結構笑いながら楽しんでる感じが、僕はそんなに好きじゃないんですよ」

審査員を務めた松本人志 ©時事通信社

 これを聞いた瞬間、ニューヨークの屋敷裕政は「最悪や!」とがっくり肩を落とした。松本はなぜ笑いながらツッコむことに否定的なのか? それは恐らく「ツッコミは観客の代弁者であるべきだ」という考えがあるからだろう。

新しいツッコミの形を示した3組が最終決戦に残った

 漫才コンビはそれぞれが「ボケ」と「ツッコミ」に分かれていることが多い。ボケが突拍子もないことやおかしいことを言ったときに、それを指摘して訂正するのが本来のツッコミの役割だ。観客がボケの言動に対して違和感を持ったのと同じタイミングで、ツッコミは観客の気持ちをくみ取って、その声を代弁する。それが功を奏したときに笑いが生まれる。

 だが、ツッコミがボケを笑いながら見守っていると、まるで最初からボケ側の味方になっているように思える。その状態でボケの発言を訂正しても、予定調和のように感じられてしまうのだ。

ニューヨークの嶋佐和也(左)と屋敷裕政(右) ©M-1グランプリ事務局

 ニューヨークの漫才がそこまで致命的な失敗を犯していたかどうかは分からない。現場の観客にはそれなりにウケていたからだ。ただ、この松本発言によって、今年の『M-1』では「漫才のツッコミとはいかにあるべきか?」という点が改めて問われることになった。その問いに対してはっきり答えを出した芸人が、結果的に高く評価されることになっていた。

 今年の大会の上位3組は、ミルクボーイ、かまいたち、ぺこぱだった。この3組は、それぞれが「ツッコミは観客の代弁者である」という原則を踏まえつつ、新しいツッコミのあり方を示していた。