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噛むごとに旨みが猛然と襲ってくる

 当時、関西には、フランスの国民食ステックフリットを看板にするビストロが続々現れた。赤身ブームによって塊肉が注目を集め、その流れで熟成肉が広まって、それは焼肉やステーキなどの専門店ではなく、まずフレンチ、イタリアン、そしてスパニッシュの潮流となった。ビステッカにしても、ステックフリットにしても、もともと赤身を使う。そこへ精肉店も巻き込んで熟成の技が加わり、本場で焼きの技術をしかと身に付けて凱旋したシェフたちの手で、新しいステーキブームは作られたのだと私は思う。関西でそれを牽引したのが京都だった。

揚げ焼きから新しい焼き方に進化した『le14e(ル・キャトーズィエム)』のステーキ

 先日、ランチ時に『le14e』を訪ねた。以前はサンドイッチを出していたが、夜とまったく同じメニューが食べられるようになったと聞いたからだ。嬉々としてステックフリットを注文し、一口含んで「ん?」。揚げ焼き、じゃない。聞けば、滋賀県の木下牧場で育てた牛のみを扱うようになり、その結果、熟成にはこだわらず、揚げ焼きも封印。大半は直で仕入れるから、ブリスケやミスジといったステーキに使わない部位もオンメニューするようになっていた。

 そんな木下牛を最高の状態で供するための新しい火入れはこうだ。フライパンを傾け、塊肉に油を高速ですくっては何度もかける。ものの5分と、ごく短時間の火入れが、ポテンシャルの高い木下牛の持ち味を覚醒させるのだろう。ぎゅっぎゅっ。噛むごとに旨みが猛然と襲ってくる。脂のふくよかにして甘いこと。ほのかな酸味があって、それが後味を軽くする。そして喉を通った後、いつまでも肉の香りが残る。余韻が長いのだ。

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 茂野シェフは、京都にやって来たからこそ、滋賀の懸命な畜産農家と出合い、その手になる牛に惚れ、自身のステーキを深めた。「パリと京都って似てるんですよ」と、セーヌ川ならぬ鴨川の近くにビストロを構えて4年。今、その脂は乗り切っているようだ。

「あまから手帖」で再び牛肉特集を組んだのは、2016年9月号。赤身熟成ブームにより、関西のステーキ熱は加速の一途をたどっていた。専門店がいよいよ元気になり、そのトレンドを捉え、大胆にも「ビーフ関西」とタイトルに謳った。但馬牛に始まり、神戸牛、近江牛に恵まれた関西は昔から牛食文化が盛んだった。

 我が関西こそ牛肉天国! そんな思いを込め、かつてない展開を見せるステーキの世界を取材。京都からは、フレンチと日本発の鉄板ステーキを融合させた『北山渋谷』、尾崎牛を10種以上のメニューで愉しめる『洋食おがた』など新鋭にご登場いただく中、1970年創業の古参『れんらく船』は異彩を放っていた。厚切りステーキが主流の現代にあって、厚さ1.5㎝ほどのテンダーロイン(またはサーロイン)を網焼きし、山のように重ねて供する独自のスタイル。その近江牛のステーキが、箸で持ち上げると自重で裂けんばかりに柔らかい。特製醤油ダレの懐かしい味も泣ける。