牛肉天国・京都の生んだ名作ここにあり
けれど。それだけで満足して帰ってもらっては困る。『れんらく船』の真骨頂は、テンダーロインの唐揚げなのだ。ビフカツとは違う、カリッとした食感。後に続く肉汁じゅわ〜とのコントラスト。私は和辛子たっぷりでいくのが好きで、その辛味が肉の旨みと相まった時の口福感といったら、ない。牛肉天国・京都の生んだ名作ここにありと、私は声を大にして……いや、文字を大にして書きたい。
焦げ目のほぼない恐るべきステーキ
『れんらく船』はステーキ熱再燃で、関西の食いしん坊の間で再び注目を集めた専門店だが、京都にはそうした暖簾の古い店が多い。『ゆたか』は、その最たる存在だ。
“花街のステーキ”として名高く、私も屋号だけは何度も耳にしていたが、1人3万円以上にビビって、なかなか暖簾をくぐれずにいた。ある夜、祇園の割烹のご主人に、「京都をお勉強しはるなら、ここは行っとかなあきまへん」とお誘いを受けた。常連さんと一緒ならば、これはもう「今、食べとかな」だ。是非に、是非にと伺った。元お茶屋という京町家。にこやかだけど、芯の強さを感じる店主。一番だしの如き澄み切ったコンソメスープ。クラシカルな食後のプリン。創業から半世紀、祇園で愛され続けてきた“かたち”には、揺るぎないものがあった。あえて変えない。客も変化を望まない。そこに私は京都の底力を見る。
その花街のステーキ。よく見ていただきたい。焼き目が、ほぼない。低温で蒸し焼きした後、余熱で火入れしているからだ。それもニンニクスライスの上にのせて。「中心をレアにするのではなく、均一に火を入れたいんです」とは、ご当代。分厚いフィレにナイフを入れた瞬間もう分かる。やらかい。ふわっ、と来て、じゅんわり。歯ざわりからの肉汁の横溢を描写するとそんな感じだ。野趣を一切感じさせない、上品にして芳醇な肉汁。まさにクラシカルにしてモダン。これぞ京風ステーキの雄だと私は思っている。こういう味が長きにわたって愛されているのだから、京都は手強い。
中本由美子
「あまから手帖」4代目編集長。1970年生まれ、名古屋育ち。青山学院大学経済学部を卒業後、「旭屋出版」にて飲食店専門誌を編集。1997年、(株)クリエテ関西に転職。「あまから手帖」編集部に在籍する。2001年フリーランスに。「小宿あそび」「なにわ野菜割烹指南」などのMOOK・書籍を担当後、2010年、「あまから手帖」編集長となる。
あまから手帖
1984年創刊。関西の“大人の愉しい食マガジン”として、飲食店情報を軸に、食の雑学、クッキングなど関西の“旨いもん”を広く紹介する月刊誌。最新号は「和菓子が知りたい」。