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 店を出たあと、私はすぐ近くの喫茶店に入った。数分後、M氏と別れたUさんと落ち合うためだ。

「お疲れ様でした!」「でした!」「すごかったですね!」「ね!」

 再会するなり私たちは互いの好プレー珍プレーのプレイバックに勤しんだ。ほんの二時間ほどの出来事だったが、なんだかパラレルワールドで起こった出来事のような気がしていた。姉設定を脱ぎ捨てたUさんと会ってやっと、元の世界に戻ってこられた感覚がしたのだ。

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 ただ、盛り上がるUさんを横目に、私はちらちらと窓の外を気にしていた。ここで二人で落ち合っていることを、帰路に就いたM氏に見られでもしたら、おしまいである。街を行きかう雑踏の中にM氏の姿を探すが、大丈夫そうだ、どこにもそれらしい姿はない。

 この会の後、最も避けなければならないことは、M氏と偶然再会してしまうことだろう。でも大丈夫、ここは大都会TOKYO、M氏とバッタリ会うことなんてない―そんなことを考えていると、Uさんが思い出したように言った。

「そういえば、私、事前の打ち合わせでM氏のプライベートな情報もけっこう聞いたんですけど」

 うむ。

「あの人、自宅の最寄り駅、朝井さんと同じでしたよ」

 

 おそろしい!!!!!

 

 私は目の前が真っ暗になる思いがした。勤め先は品川。自宅はそこから三十分くらい――あのときM氏が思わず漏らしたやけに具体的な情報は、やはり本当だったのだ。そして、私が住んでいるところも、品川からバッチリ三十分くらいのところである。

「駅とかでバッタリ会わないといいですね〜! あー楽しかった!」

 大役を果たしたUさんの目は一点の曇りもなく輝いていたが、私はこの日からM氏との再会というボーナスステージの出現に怯え続けることとなった。このエッセイ執筆時点で、まだ、M氏の姿を見かけていない。いつでもデ・ニーロ・アプローチができるように、赤いメガネを持ち歩いてはいるが。

風と共にゆとりぬ

朝井 リョウ (著)

文藝春秋
2017年6月30日 発売

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