「ダ・ヴィンチ」BOOK OF THE YEAR 2015 1位(エッセイ・ノンフィクション部門)!『時をかけるゆとり』に続く朝井リョウエッセイ集『風と共にゆとりぬ』の刊行を記念して、本書の一部を先読み公開します。藤井隆さんのモノマネ芸を尊敬する朝井さんが、編集者の「弟」になりきって挑みますが……「対決!レンタル彼氏」最終回です。
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対決! レンタル彼氏(最終回)
「あの、ほんとによかったです。姉貴にこんなにちゃんとした彼氏がいるってことがわかって」
「そんなにちゃんとはしてないですけどね」
M氏はハハハと笑う。私はそこで、声のトーンを、ぐっと落とす。
「聞いてるかもしれないですけど……姉貴、男運が悪いっていうか、これまで付き合ってきた男の人が……なんていうか、あんまりいい人じゃなかったことが多かったんで。俺も心配してて」
一人称がボク、だった弟が、俺、と言い出す瞬間の演出に、私は自ら拍手を送りたい気持ちだった。彼女の弟というよりも、一人の女性を心配する男としての発言。突然登場した姉の暗いらしき過去、それにどう対応するのか――最後にこれだけチェックさせていただくわ、マヤ。
M氏は慌てて私と同じように表情を暗くすると、小さく呟いた。
「ええ……Uから少しは聞いてます。その……過去のことも」
……乗ってくるのね。さすがよ。とんだ度胸の持ち主ね。千草化した私はM氏のなりきり能力にぱちぱちと拍手を送りつつ、このフィールドオブドリームスを去ることとした。
「……ですよね。だから、今日はなんかすげえホッとしたっていうか……なんかすみません」(おしぼりで鼻を拭く私)
「いえいえ」
「なんか、姉貴のこと、よろしくお願いします」(ぺこりと頭を下げる)
「あ、はい」(大人な感じで照れ笑い)
この数分の間に突然だめんず・うぉ〜か〜認定されたことを知らないUさんが部屋に戻ってきたところで、「そろそろボクは出ますね!」私は席を立った。もう十分だ。自分のなりきり能力を存分に楽しんだし、M氏の実力にも恐れ入った。夢舞台をありがとう。私は普通の男の子に戻ります。