その男・中村喜四郎は多くの呼び名を持っていた。「田中角栄最後の愛弟子」「戦後生まれ初の閣僚」「建設族のプリンス」。華々しい経歴の持ち主だった中村は、やがてゼネコン汚職で1994年に逮捕され、「刑事被告人」となる。ところが、自民党を離党して無所属となり、さらには有罪判決を受けても選挙で負けたことはなかった。

 初当選から現在まで14戦無敗。「最強の無所属」「無敗の男」「日本一選挙に強い男」とも呼ばれる。

 一方、中村は極度の「マスコミ嫌い」としても知られている。選挙事務所からもマスコミを閉め出し、取材に応じることは一切なかった。さらに逮捕以降、国会で発言したことは一度しかない。

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 そんな「沈黙の政治家」中村が25年の雌伏のときを経て、ついにすべてを語ったのがノンフィクションライター・常井健一氏による骨太なノンフィクション『無敗の男 中村喜四郎 全告白』(文藝春秋)だ。昨年12月16日に発売されて以来、1か月にわたり、アマゾンでは「政治家」カテゴリーでトップを維持し、二度も増刷を重ねている。

 同書の中から、「選挙の鬼」としてのエピソードを一部抜粋して紹介する。

常井健一著『無敗の男 中村喜四郎 全告白』(文藝春秋)

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1日12時間オートバイに乗って「まだまだまだ」

 中村喜四郎が日々磨き上げ、彼の行動力を支えている「二つの力」がある。体力、そして言葉の力である。

 まずは体力について訊ねた。

 中村は「オートバイに乗れなくなったらおしまいだと思っているんですよ」と言う。

「私のことを面白おかしく『日本で一番選挙に強い男』と呼ぶ人たちがいるけど、70歳を超えて、1日12時間、オートバイに乗れますか。当選14回になっても選挙期間の12日間、乗り続けられますか。選挙はそのくらい厳しいもんですよ。恥も何でもあるもんじゃない。セクハラやパワハラで選挙に落っこちる時代に、実刑食らった人間が国会議員で居続けられるはずがないでしょうよ。手品を使ったって当選できないのに、選挙がうまいとか冗談言わせるなよと思います。こんどは落ちる、次は落ちると思ってヨレヨレになってやっているんだよ。

 老体に鞭を打って、なりふり構わずできるか。もう年だ、できないと言い出したら無所属で戦えませんよ」

――すごい迫力ですね。

「まだまだまだ」

 古希を半年後に控えた秋の日、例の会員制サロンで再び会った時、中村の口から出た言葉だ。

倒れても起き上がる68歳

 私はその夜、元田中角栄秘書の朝賀昭を誘って同席してもらった。案の定、中村は田中事務所の先輩を前に青年のような顔になった。田中が愛したオールドパーのハイボールを何杯も飲み干し、語りのボルテージを上げていた。

「もうヨタヨタなんですよ。年取ってオートバイに乗って何が大変かというと眠くなるんですよ。風切って走るから眠くならないと思ったらとんでもない。1日に20か所も回って精一杯の演説をやる。27歳からやってきた同じ数を70歳になってもこなして、夜は個人演説会で1000人以上、全員に握手して2時間叫ぶ。それを毎日やるのは、体力的に不可能。それでもやらなくちゃいけない」