“ピケティにつぐ欧州の知性”ルトガー・ブレグマンと、“芸人であり教養人”パックンが世界の諸問題に対する解決策を語る異色対談。過去二回では貧困削減のための「ベーシックインカム」、長時間労働解消のための「週15時間労働」について議論した。最終回となる今回のテーマは「国境開放」。「貧困問題に最良の方法」としながらも、リアリティある方策なのだろうか。さらに、ブレグマンが著書『隷属なき道 AIとの競争に勝つベーシックインカムと一日三時間労働』で一番伝えたかったこととは?(2回目「“週15時間労働”を実現するために」より続く)
ユートピア的思考を取り戻せ
パックン 今回、この本で最も伝えたかったことは何ですか。
ブレグマン ユートピア的思考を取り戻すことの重要性です。私は1988年に生まれ、幼少期からユートピア的な思考や考えに否定的な環境で育ちました。とにかくファシズムや共産主義といった過去の失敗から学ぼう――ユートピア的思考は危険だ――という考えが充満していました。しかし私は常々、何かが社会から失われてしまった、と感じていたのです。我々は今日明日、どの株が上がり、下がり、新型iPhoneの新機能が何であるか、といった表層的なニュースをひたすら追い回していればよいのでしょうか。
本では3つのユートピアを取り上げました。1日3時間労働の提唱、国境の開放、そして、政府がすべての国民に最低限の生活を送るのに必要とされている額の現金を無条件で定期的に支給するという「ベーシックインカム」です。
パックン この本で最も人々が注目しがちなのはベーシックインカムの概念だと思うのですが、ブレグマンさんとして最も伝えたかったことは、ユートピアの重要性なのですね。興味深いです。
“プロテスト”より“プログラム”を
パックン 我々はそもそも何故、ユートピア的思考を喪失してしまったのでしょう。何か我々の生きる時代に特有の理由――たとえば日々のSNSやEメールに追われ、立ち止まって考える時間が無い、など――が影響しているのでしょうか。
ブレグマン 私の中では1989年のベルリンの壁の崩壊と共産主義の終焉の影響が非常に大きかったと思っています。
パックン 「これで目的が達成された!」と人々が思った瞬間ですね。
ルドガー そうです。そしてその時点から、人々の思考が止まったまま、2008年の金融危機に突入しました。ところが私たちは危機(というチャンス)に見舞われた際に、肝心の選択すべき代案を持っていなかった。本来であれば、この代案となるものがユートピアだったりするけれど我々はユートピアを危険視し、考えてこなかった。そして2016年のブレグジットとトランプ現象が象徴するように、今日、代案不在の中で、現状に対する不満が噴出しています。
パックン リーマンショックと2016年の間には2011年9月17日にニューヨークで起こった「ウォール街を占拠せよ(Occupy Wall Street)」(アメリカ経済界、政界に対する抗議運動を主催する団体名および合言葉)もありましたね。あの当時はほんの一瞬ではありますが、世界が変わるかもしれない、と思いました。結局は寒さに屈して運動は消滅してしまいましたが。
ブレグマン 「ウォール街~」ムーブメントにおける最大かつ最も本質的な問題点は「不満」が噴出しただけで、積極的に訴えらえる代案を明確に持ち合わせていなかったことだと思います。「ウォール街~」ムーブメントの社会的インパクトにも触れているマーク・グライフ著の『全てに反対(Against Everything)』(2016)という本はおすすめです。第1章は「エクササイズに反対」で始まります!いずれにせよ、未来に対するビジョンというものが、近年、欠落していると感じます。単に反対(プロテスト)するのではなく、どこへ向かいたいのか、という青写真(プログラム)を持つことが重要です。