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「死んでも枕元で怒鳴り続ける」“あの演出家”

《経験に頼らずに、“忘れること”です。演技の経験を引き出しにストックしておくのではなくて、引き出しをすべてその場で捨ててしまう。(中略)『経験があると安心する』という人もいるかもしれませんが、それでは引き出しの中から出すことしかできず、新しいものを生み出せません。全く新しいところから新しいものを持ってきたいと思うのです》(※9)

 松重は駆け出しのころを振り返り、《蜷川さんには演じることに関して、役に固定しない、というか、イメージや発想を自由にしてゆくことをたたき込まれました》と語っているが(※1)、「経験に頼らない」という信条にもそうした師の教えがうかがえよう。ちなみに松重は、芝居の最中にセリフが出てこなくなる夢をよく見るが、そのときの演出家はやはり蜷川だという。そう打ち明けたあとでの、《死んでも枕元で怒鳴り続けるのは、嬉しい恐怖だ》(※11)との一文からは、彼にとって蜷川がいまなお特別な存在であることが十分すぎるほど伝わってくる。

2016年5月に80歳で亡くなった蜷川幸雄 ©文藝春秋

※1 『キネマ旬報』2007年8月上旬号
※2 『週刊現代』2015年2月28日号
※3 『サンデー毎日』2013年6月16日号
※4 『GQ JAPAN』ウェブ版2018年8月30日配信
※5 『週刊文春』2015年11月19日号
※6 『悲劇喜劇』2019年5月号
※7 『GALAC』2011年8月号
※8 『サンデー毎日』2019年3月17日号
※9 『THE21』2014年8月号
※10 「Smart FLASH」2019年10月4日配信
※11 『サンデー毎日』2019年5月19日号