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特集観る将棋、読む将棋

2020/01/21

 武富さんは男女を通じて佐賀県初の棋士。中田功八段門下で、佐藤天彦九段の妹弟子にあたる。私は直接お会いしたことがないが、人づてには「とにかく明るい」とか「愛嬌がある。たまに天然100パーセントな発言をして周囲をヒヤヒヤさせる」といった話を聞く。

 とにかく明るい、100パーセント、ヒヤヒヤさせる。このワードから導き出されるものは……と、まあそれは冗談として。よいニックネームがつくといいですね。

晴れ着姿で成人式に(武富礼衣女流初段のTwitterより)

1月14日、火曜日。

 午前10時東京発の新幹線に乗り、山形に向かう。昨年末に亡くなった、かみのやま温泉「葉山館」の前社長、五十嵐航一郎さんの葬儀に参列するためだ。

 葉山館(http://www.hayamakan.com/)は過去に将棋や囲碁のタイトル戦を開催しており、最近では2016年に第64期王座戦の羽生-糸谷戦があった。当時の中継ブログはこちら(https://kifulog.shogi.or.jp/ouza/64_03/)。

新幹線で山形へ…… ©後藤元気

 私のことでいえば、当地に縁の深かった大内延介九段の教室に通っていた方々に誘っていただき、昨年2月に葉山館に来させてもらった。何局か将棋を指し、皆さんの麻雀を後ろから眺め、温泉に何度も入り、料理とお酒を楽しんだ。

 大内会の方々は年齢でいえば父親くらいだが、年の差を感じないほど若々しい。ホストの五十嵐さんは何においても一歩引き、自然に気配りをしてくださる人だった。欠点(?)がひとつあるとすれば、将棋が長考派であることくらい。どんなに探しても他に難が出てこないほど、温厚篤実な人柄である。

〈目と目が会う、こういう一瞬がまことに嬉しい〉

 私自身の五十嵐さんとのお付き合いはごく短いものだったが、そのお名前は20年ほど前から存じ上げていた。

 というのも、五十嵐さんは将棋愛好家として有名だった山口瞳氏のエッセイ集『江分利満氏の優雅なサヨナラ』(新潮文庫)の二編に登場しており、それを若い頃から何度か読み返していたのだ。以下にその一部を引用させてもらう。ひとつめは「かみのやま」。

山口瞳氏にも愛されていた葉山館 ©後藤元気

〈葉山館は超高級旅館ではないが、万事につけて程がいい。何かこう、気が置けない遠慮がいらないといった感じがする。(中略)かみのやま温泉駅には果たして五十嵐社長が迎えにきてくれていた。目と目が会う、こういう一瞬がまことに嬉しい〉

 続いて「かみのやま温泉駅」から。

〈いつもかみのやま温泉駅に葉山館社長の五十嵐航一郎さんが迎えにきてくれている。(中略)ところで、私は五十嵐さんがどんなお顔をしているかという記憶がない。確か将棋の金将を裏返しにして目鼻をつけたようなお顔だと思っていたが、それ以上のイメージは湧いてこない。この三年は桜桃の時期を狙って続けて四泊五泊しているし、五十嵐さんは将棋の大内延介九段のアマのほうの一番弟子で東京でも会っているのに、ほら、このザマだ〉

 このあとに瞳さんは、見ず知らずの人をもしかして五十嵐さんかと思い、ちょっと恥ずかしい思いをする。しかしいざ五十嵐さんを見ると、すぐに間違いないと確信する。

〈改札口の後ろのほうに五十嵐さんが立っていて、案ずることはない、一発でわかった。笑顔がとてもいいんだ〉