名を変え、身分を隠し、新宿に潜入する。今週の週刊文春には、そんな潜入者の記事が2本あるので、それぞれ紹介したい。

 先週号で「総理のご意向」文書について証言した前川前次官だが、今週号には、前次官と“出会い系バー”で知りあった女性の告白「出会い系バー相手女性」が掲載。読売新聞が報じた前次官の出会い系バー通いは買春疑惑を伴うものだが、前次官はこれを否定し、「貧困女性の実地調査」と主張していた。

これはもはや「貴種流離譚」ではないか?

「週刊文春」を手にする前川喜平前事務次官 ©時事通信社

 女性・A子さんは証言する。「彼は『前田』と名乗っていた。愛称は『まえだっち』。週2回会っていた時期もあり、3年間で30回以上。5000円くれていた。私は前川さんに救われたのです」(リード見出しより)。前次官は記事によれば、A子さんやその友達らと歌舞伎町のダーツバーで遊ぶことが多く、また、すしざんまいやマック、焼肉店などの飲食店に行っていたという。

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 華麗なる一族のエリートが「まえだっち」として歌舞伎町を生きる姿が見えてくる、面白い記事である。身分を隠し、いつもボロボロのカバンを下げてA子さんの前に現れる、まえだっち。いわゆる貴種流離譚に見えなくもない。貴種流離譚ってのは、ようは水戸黄門のような、高貴な身分の者がさまよう物語だ。

新宿・歌舞伎町の人間交差点

 まえだっちは、キャバクラの体験入店を繰り返していたA子さんに会うたびに「ちゃんとした?」「仕事どう」と聞いては就職の相談に乗り、A子さんが百貨店で働くことが決まると「おしごとガンバレ」と書いたケーキを用意し、さらには「授業参観」と称して売り場に顔を出したという。勤労を尊ぶ、まえだっち。文科省よりも厚生労働省のほうが向いているんじゃないかと今さらながら思えてくる、まえだっちである。

 そんな、まえだっちとの日々のハイライトも就職祝いであった。「普段はおねだりしても何も買ってくれないのに、歌舞伎町のドン・キホーテに行って『今日は何でも買っていいよ』と、カラーコンタクトなどの日用雑貨を買ってくれました」

©浅沼敦/文藝春秋

 その後、しだいに会うこともなくなっていく二人だったが、A子さんが再びまえだっちを見たのは、天下り問題でテレビに映し出された事務次官としての姿であった。

 新宿・歌舞伎町を舞台にした人間交差点が立ちあがってくる、そんなA子さんの告白である。