今週号の坪内祐三「文庫本を狙え!」は、勝新太郎の対談集『泥水のみのみ浮き沈み』(文春文庫)を取りあげている。これは92年から94年にかけて、勝新がホスト役でビートたけしや三國連太郎らと対談した月刊文藝春秋の不定期連載をまとめたもの。いわば勝新版「この人に会いたい」である。

勝新の「聞く力」が炸裂する三國連太郎との対談

 この時期の勝新は、映画への強いこだわりから仕事を断りつづけていた頃である。思うように仕事ができず、苛立ちや鬱憤を抱えていたのだろう、ビートたけしとの対談では、「会うの楽しみにしてたよ。やっと会えたっていう感じなんだ。『生意気なこと言ってやんな』って思っていたから」とのっけから毒づく。

 坪内祐三は「特に面白いのは三國連太郎と森繁久彌だ」と述べる。三國連太郎との回については、ふたりが共演した映画「座頭市牢破り」の撮影時の逸話を紹介。勝新が三國連太郎の台本に様々な記号が書き込まれていたのを目にしたことを話す。すると三國連太郎はこう答える。「僕はね、凡庸役者の最たるものだから、いろいろ試行錯誤するわけですよ。つまり、あんたみたいに天才タイプじゃないのよ」。

ADVERTISEMENT

三國連太郎 ©佐貫直哉/文藝春秋

 ここに三國連太郎の芸事や伝統芸能へのコンプレックスがうかがえる。三國連太郎の「最初の奥さん(勝新・談)」は「歌舞伎や日本舞踊の第一人者」(同)で、彼女との暮らしを対談ではこう語っている。

「やっぱり芸のある人と一緒にいると、息苦しくなるんだね。僕は自分が芸なしだから」

 またこうも言う。

「僕はあなたと違って、芝居や伝統芸とは全く縁のない世界で二十五、六まで生きてきたわけでしょう。つまりそうした素養がないから、自分の体験を通して記憶の中のあるものを辿りながら芝居を作っていったわけです」

 女性関係にも、俳優業にも、そのコンプレックスが三國連太郎のなかにある。それを引き出す勝新の「聞く力」であった。