*以下の記事では、現在公開中の『パラサイト 半地下の家族』の内容と結末が述べられていますのでご注意ください。とりわけ、本作のポン・ジュノ監督は「ネタバレ」をしないように呼びかけています(劇場パンフレットより)。まだ作品をご覧になっていない方、これからご覧になる予定の方は以下の記事を読まないことをお勧めします。
キーワードとなる「悪臭」
『動物農場』や『一九八四年』で有名なイギリスの小説家ジョージ・オーウェルは、1937年に『ウィガン波止場への道』というルポルタージュを出版している。これは、当時炭鉱町であった北イングランドのウィガンの炭鉱労働者たちの生活を、その中に飛び込んで記述するというスタイルで書いたものだった。その中で、オーウェルは「下層階級には悪臭がする」と述べて物議を醸した。正確に引用するなら、次の通りだ。
“下層階級には悪臭がする──これこそ私たちが教えこまれたことなのである。まさにこの点に、乗り越えがたい障壁があることは明らかだ。身体のなかにしみこんだ感覚ほど、好悪の感覚のなかで根源的なものはないからだ。人種的偏見や宗教上の差別、教育や気質や知性の違い、あるいは道徳観念の違いといったものでさえ乗り越えることは可能である。しかし、身体のなかにしみこんだ嫌悪感はそうはいかない。”(土屋宏之・上野勇訳、ちくま学芸文庫。太字部分は原文では傍点)
カンヌ国際映画祭で最高賞に輝き、アカデミー賞受賞の期待が高まるポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』の物語に決定的な転回をもたらすのが、オーウェルの述べた、悪臭に対する「身体のなかにしみこんだ」嫌悪感とその表明であったことは、本作をごらんになった方はすぐにピンと来るだろう。
表面上は感じよく、自分たちが使用する家政婦や運転手への階級的偏見を表明するようなことはしないくらいには文化的なスーパーリッチ家族のパク家。だが、その「一線を越えて」くるのは、「悪臭」である。
半地下に住むキム家の家族たちの身体から醸し出される臭いに、我知らず嫌悪感を示してしまう金持ちのパク家。その嫌悪感を鋭敏に感じとって怨嗟を募らせる、半地下に住むキム家の父ギテク。臭いが貧富の間に引かれていた一線を越え、それによって金持ちと貧者の両者がその一線を越えることになる。これがついに惨劇に結びつく。