菊池 お前はどこまでその人のことが好きなんだということが試されているなと思いました。
神田 ありがたいことに今のところクレームが殆ど無いので、それなりに認めてくれたのかなとは思いますが。
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川端康成
Yasunari Kawabata
小説家 日本 1899~1972
伊豆の焼きそば
私は期待に胸をときめかせながら容器を手に取っていた。ビニールを破り、蓋を開けると同時に、私は立ちすくんでしまった。そこには乾燥し、固くなった麺があったからだ。
私はそれまでにパッケージを二度見ているのだった。最初はスーパーで陳列棚に並んでいるところ、それから家に持ち帰り、台所で戸棚にしまう時に、私は爪先立ちで一心にそれを見ていた。
カップ焼きそばは四角形に見えた。表面には卵色の凜々しい麺が印刷されていた。パッケージを破って蓋を開いたら、この麺と出会えるだろう。そう空想して蓋を開けたら、その通りになったものだから、私はどぎまぎしてしまったのだ。
大粒の水道水が薬缶を打ち付けた。瓦斯焜炉を付けると、強い火気が流れて来た。間もなく湯気が立って、沸騰らしい物音が聞えて来る。容器に湯を注ぐと、私の空想は生き生きと踊り始めた。五分後にはあの麺と落ち合えるのだろう。
私は湯を出委(でまか)せにしていた。ととんとんとん、湯切り用の隙間からぽろぽろと湯が零(こぼ)れ、その後には何も残らないようにしっかりと湯を捨てた。
焼きそばの美しい麺を眺めた。少し羞(はず)かしそうに私を見つめ返している気がした。これから私に食べられてしまうのだ。
私は眼を光らせた。ソースをかけねばならない。焼きそばの肌が汚れるのであろうかと悩ましかった。ソースをかけ、麺を荒々しく掻き回した。容器が冴え冴えと明るんだ。麺とソースが美しく調和している。さっきの悩ましさが夢のように感じられた。頭が拭われたように澄んで来る。微笑がいつまでもとまらなかった。
この美しく光る麺の輝きは、焼きそばの一番美しい持ちものだった。私は台所の壁に凭(もた)れて麺を一心に眺めていた。遠くから微(かす)かに湯切りの音が聞えて来るような気がした。わけもなく涙がぽたぽたと落ちた。
(『もし文豪たちが カップ焼きそばの作り方を書いたら』より)
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