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忖度しすぎたり手加減をするのは、リスペクトがない

――乙武さんも三浦さんも、自らの発言を発端としてSNS上で多くの炎上にさらされてきた。乙武さんは社会的マイノリティの立場から、すべての人の人生の選択肢を少しでも増やしたい、という思いのもとで活動を続けているし、三浦さんは国際政治学者として、さまざまな政治課題について発言を続けている。2人は、炎上・批判的な言葉ばかりが飛び交う日本の言論空間と、どのような覚悟で向き合っているのだろうか。

 

三浦 私は5年ほど前からメディアで発言するようになりましたが、当初は素直に評価していただけたんです。いま振り返ると、おそらく多くの人が三浦は自分たちの「立場」を代弁してくれる、背負ってくれるのではないかと思ったのでしょうね。私自身は変わっていないのですが、批判を受けるのは三浦を陣営トークに取り込めない、背負ってくれないと思った人が叩くようになったからです。社会的にリベラルなことを言えば右派が叩き、安全保障を語ると左派が叩く。これは気にしてもしょうがなくて、それぞれの問題について、自分が考えていることをまっすぐに言えばいいだけだ、と思っています。むしろ、批判者や各陣営の「立場」などに、自分や自分の意見を規定されないようにする、ということをずっと心がけています。

 乙武さんの言う「キツさ」にも関わりがあると思いますが、私は思うところを正直に言います。それは、相手に忖度しすぎたり手加減をするのは、リスペクトがないことと同義だと思うから。お互い変ななれ合いをしないことが、相互理解への一番の道です。そうやって仲良くなった人もいますしね。

ネットの中は、個人の感情が大量に垂れ流されている

 

乙武 そうですね。忖度なしの議論は大歓迎です。ただ一方で、今のネットの中って、社会課題やニュースを受け止めた個人個人の感情が、そのまま大量に垂れ流されていますよね。何かの情報に触れて感情を抱くのは自然なことだし、そう思ったり感じたりすることはもちろん自由。だけど、その感情をSNSを含めてさまざまな手段で垂れ流されることが、社会にとって本当にいいことなのかは、もう少し考えたほうがいいかなと思っています。

 たとえば小泉進次郎環境大臣の育児休暇の件もそう。賛成反対ありますけど、ネット内では反対の声が大きく聞こえてくる。でもその根源にあるのは、嫉妬や羨望ですよね。「自分(あるいはうちの旦那)はとろうと思っても簡単にとれない」とか、女性の産休であっても、1年産休をとったあと職場のどのポジションに戻れるのか、といった不安だったり。そういう自分ごととして育休の問題点を感じている人は、「はいはい、あなたはとれていいですね」となる。でも、それを言うことで、結局、育休制度がとりにくいものになったり、自分たちや未来の子育て世代の首を締めることにはなりませんか、というのは言っていかなきゃな、と思ったりするんです。