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いいことをやろうとすると叩く日本人社会

三浦 日本人社会って、興味深いことに、いいことをやろうとすると叩くんです。偽善だとか、売名行為だとか、スタンドプレーとか、全然なっていない、(内容が)詰まっていない、とか言うんです。だったらそういうあなたは、中身のしっかり詰まっているものを差し出せるんですかというと、なかったりするんですね、これが。

 それは政策の中身ではないところの批判にばかり精を出すメディアも同じことです。

 私は進次郎さんに政治家として期待をしたからどうこう発言したというわけじゃなくて、彼が良い意志を持って行動したのだから、ぜひ頑張ってほしいと思ったんです。そもそも世の中で誰にもいわゆる期待というものはしていないけど……。あれ、私余計なこと話してます?

乙武 いえいえ、そんなことないです。どんどんいきましょう!

 

三浦 進次郎さんは例のセクシー発言で批判されたじゃないですか。この件についてはブログでも書きましたが、英語圏で環境問題を“セクシー”にしなければならないというのは、オバマ前アメリカ大統領のような環境問題に脚光を当てた人が使ってきた言葉なのであって、そこには歴史的な背景があるわけですね。石炭火力発電の削減をめぐっての質問に対して、進次郎さんが答に窮してしまったときの報道もそう。あれは見た目は良くなかったけれども、物事の本質である「世界から日本の石炭火力発電がダメだと問題提起された」ことではなくて、進次郎批判のツールとしてだけ使われたわけです。じゃあ、メディアはいつから石炭火力はだめだと気付いたんだろうか、と。主体性がなさすぎるんですよ。気候変動問題に対する理解と調査報道があったうえでの批判ならば全然いいと思うけれども、進次郎さんが答えに窮したことで初めてこの問題に脚光が当たったわけですからね。

――2人の忖度なしのトークは、ここからますますヒートアップ。選択的夫婦別姓制度や原発の是非をめぐる「問いの立てかた」や日本人のマイルドな性質、1998年に刊行された『五体不満足』の功罪など、書籍と同様に幅広い話題を深く掘り下げていき、会場は終始熱気に満ちていた。
 
 なお、本イベントについては、後日文藝春秋digitalで2時間に及ぶロングバージョンが掲載される予定となっている。

それでも、逃げない (文春新書)

三浦 瑠麗 乙武洋匡

文藝春秋

2019年12月18日 発売

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