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部屋も着衣も乱れはなく、病死のようだったが
小料理屋の2階が経営者の部屋であった。60代の女将(おかみ)が一人暮らしをしていた。
2、3日店が閉まっていたので隣家の店主が警察に届けた。女将は布団に寝たまま死亡していた。部屋も着衣も乱れはなく、病死のようであった。立会官1人と部下の刑事2人、それに鑑識係1人の計4人が同行していた。検死をすると、顔にうっ血があり、眼瞼結膜に粟粒大(ぞくりゅうだい)の溢血点が数個見られた。首に索条痕(さくじょうこん)らしき異状は見当たらないが、窒息死のようである。立会官らに言うと、「殺人事件ですか」と問い返された。「そのようだ」と言うと、「先生、ここは密室状態になっていたので、他人が出入りできない部屋だから、それはないですよ」と反対された。
「密室かどうか私は知らないが、窒息死の所見があるから、第三者の介入があったと思うのだが」と、私は遺体の顔のうっ血と眼瞼結膜の溢血点が粟粒大と大きいことを挙げ、窒息死の所見であると説明した。
「病死よりも窒息死を考えるべきだ」
「先生、病死でも溢血点は出るでしょう」と立会官は言う。経験を積んだ立会官は死体所見に詳しい。「よく勉強していますね。その通りですが、溢血点の粒が病死よりも大きい。粟粒大なので病死よりも窒息死を考えるべきだ」と私は見解を述べた。
首を絞めて物理的に血流を阻止すれば溢血点は粟粒大と大きくなる。しかし心臓発作などで呼吸ができず悶絶した場合は、物理的血流阻止に比べれば弱いので、溢血点は蚤刺大(そうしだい)(針の先で突いたくらいの大きさ)と小さい(下の図参照)。例外はあるだろうが、そう考えて矛盾はない。