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監察医が課長、そして署長まで現場に呼び出す事態に

 しかし密室なので第三者の介入は否定できると、立会官は捜査状況から私の話を聞き入れない。立会官の対応はそれなりに立派である。そこで「課長を呼んでほしい」と伝えた。立会官は係長である。しぶしぶながら刑事課長に連絡した。課長は飛んで来た。私の説明を聞き終えると課長は、「部下たちは一生懸命捜査して密室だと言っているので、やはり他人の出入りはないと思われます」と部下をかばった。私と課長との問答は続いたが、課長は部下を信頼し、私の話を聞き入れない。「署長を呼んでくれ」と言うと、課長は慌てた様子であったが、連絡した。

 私も大ごとになったと内心不安を感じながらも、自分の考えを貫いた。間もなく署長がやって来た。監察医が署長まで現場に呼び出した例は、後にも先にも私しかいない。

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「先生、申し訳ありません」と署長は私に謝りながら、2階の現場の小さな部屋に集まっていた刑事らを前に、「お前たちの言い分は分かるが、医務院の専門の先生が他殺の疑いがあるとおっしゃっている。ダメだ。本庁に連絡せよ」と命令したのである。

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大学で司法解剖した結果……

 殺人事件を前提に捜査一課と鑑識課員が大勢やって来た。本当に大ごとになってしまった。翌日、大学で司法解剖した結果、索溝はないが窒息死であると発表された。私も結果が分かるまで不安であった。もしも病死であれば、私の一言で多くの署員に迷惑をかけてしまうからである。

 それはともかく、この時私は、警察の対応のあり方に感心した。

 検死に立ち会ったのは警部補で係長である。次に呼ばれた上司の刑事課長は、部下を信用している。「お前ら何をやっているんだ」と叱ったりしない。課長としては立派だと思った。次に署長が来た。お前らの話も分かるが、検死専門の先生が殺しの疑いがあるとのご意見なので、お前らの話を聞き入れるわけにはいかない。署長は署内だけではなく対外的にも署長なので、大きな判断をするのは当然である。署員がそれぞれの職務をそれなりに、全うしている様子を目の当たりにし、組織とその機能、役割の在り方に感ずることが大きかった。この事件は今でも鮮明に覚えている。

死斑の色に、まぶたの裏に、頭蓋骨の奥底に、本当の死因は隠されていた――元監察医が2万体を超す検死実績から導き出した数々の症例が『死体は語る2』(文春文庫)に修められています。「極寒のなかの凍死体は、なぜ裸だったのか?」「18ケ所も刺した犯人像とは?」推理しながら、ぜひお楽しみください。