火事になった一軒家から親子の焼死体が発見された。愛人のいる夫の犯行が疑われたが、司法解剖をしても死因は不詳――監察医はどのように夫の犯罪を見破ったのか。
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町はずれの一軒家が火事になり、中から2人の焼死体が
町はずれの一軒家が火事になった。中から2人の焼死体が発見された。その家の母と子のようだがはっきりしない。出火の原因も不明なので司法解剖することになった。
大学での解剖の結果、死亡者は住人の母25歳と2歳の女児であることが分かった。
女児は気管に煤(すす)が付着し、CO-Hb(*1)飽和度65パーセントで焼死であったが、母親は気管に煤の吸引はなく、CO-Hb飽和度は陰性で火災の前に死亡していることが分かった。しかし死因ははっきりしなかった。母親の所見では肺、心臓、脳など内臓には、特に死につながる病変や損傷は見当たらない。また血中アルコール陰性、そのほかの毒物も検出されない。火災の前に死亡していることは明白だが、死因は不詳との鑑定書が提出された。
(*1)一酸化炭素中毒死の場合、一酸化炭素(CO)
遺体は焼け焦げており、警察の捜査は行き詰まっていた
警察は強盗・殺人・放火を視野に捜査をしていた。夫の挙動が怪しいことが分かってきた。家が焼けて妻が死亡すると、多額の保険金が支払われる。さらに愛人もいた。夫の容疑は濃厚なのだが、解剖した鑑定書は死因不詳なので、警察は執刀医に「頸部に絞殺のような所見はないか」と執拗に迫った。しかし、頸も顔も真っ黒に焼け焦げている。さらに首の筋肉に出血はなく、軟骨や舌骨にも骨折はないので、頸部圧迫を立証する所見は見当たらないと言う。警察の捜査は行き詰まっていた。
「なに? 司法解剖しても分からない事件?」
そんなある日、県警本部の検視官から電話が入った。「先生、お久しぶりです」。一昨年研修でお世話になった人懐(ひとなつ)こい検視官であった。「困った時の神頼みで申し訳ありませんが、相談したいことがあるので2、3日中にお伺いしたい」と言うのだ。「なに? 司法解剖しても分からない事件? それを私が書類を見て分かるはずはない」とお断りしたら、「そんな冷たいことを言わないで」と、2日後に押し掛けられてしまった。
部下を連れ大きなカバンから資料を出し、テーブルの上に広げ始めた。「まるで押し売りだね」と笑いながら、事件の経過を聞いていた。
「そうなんです。夫が怪しいが、鑑定書は死因不詳だから、切り込めない」というのである。検視官は説明を続けていたが、40〜50分経ったであろうか、1枚のカラー写真が私の目に留まった。これまで一度も利用されていない埋もれた1枚の写真であった。手に取ってルーペで詳しく観察した。