朝井 阿川さんの『強父論』の中で、「老人ホームに入れたら死んでやる」とおっしゃるお父様のエピソードがありましたね。転倒して入院されたお父様に、体力が回復するまでだからと、入院を説得された。あの件、身につまされる読者がとても多いと思います。老人ホームについてのイメージや理解が親子で異なる場合、勧める側も気が咎めると言いましょうか。ただ、さきほど私は自宅介護の話をしましたがそれは義母にとってベストであっただけで、義父や私の両親にはまた別のスタイルがあるだろうと思っています。
実はつい先日、義父が老人ホームに入所したのですが、昼間、独りでいる時に転倒したのがきっかけで当人がふとホームのことを口にしたので、すぐさま資料を集め、見学に出かけました。幸い、本人も気に入る所が見つかりまして。
阿川 今がチャンス!(笑)
朝井 義母のように小柄な人でも寝ついてからは大変な重さでしたから、体の大きな義父を義母と同じスタイルで介護するのは難しい、ホームの方が適しているというのが私たちの判断でした。義父も、そんな私たちの思いを察してくれたのかもしれません。阿川さんの場合、何といっても“強父”のお父様ですから、介護の現場でもさぞご苦労があったのでは?
阿川 まあ、基本的にワガママな性格でしたから。四十歳ころから、「いずれ親の介護をしなくちゃいけない時期がくる。でも自分にできるんだろうか」と心配していたんです。でも、いざ目の前に介護しなきゃいけない状況が生まれると開き直ってできちゃうものなんですよね。
朝井 開き直り、大事です。
阿川 今朝もちょっとボケが始まっている母とお風呂に一緒に入ってきたんです。ちょうど、施設からの一時帰宅中なんですよ。「一人で入ってね」というわけにもいかないし、じっと見ているくらいなら一緒に入ったほうが早い! 「シャワーを浴びよう」って言ってから二人で裸になると、母は私をみて「いやん」なんて言うんですよ。「はい、お尻をこっちに向けて」って、洗おうとするとまた「いやん」って(笑)。
朝井 可愛い(笑)。
阿川 体を洗わないと体調や体形の変化もわからない。目の前にあるステップを一つずつクリアしていくしかないんですよね。
朝井 江戸時代の看取りの心構えに、「親の躰に直に触れることがまず大切」という教えがあります。これは実感として、納得できる。ホットタオルで体を拭いたり、乾いた肌に保湿クリームを塗るだけでもいい。目がもう見えない、耳も遠くなっていても、肌から肌へと伝わるものは確かにあるような気がします。
阿川 うちの父は体が弱ってから便秘になりやすかったんです。食事が終わると自分でお腹を叩いてはオナラを促していた。最期の頃は、手に力が入らなくなって、自分でお腹を力いっぱい叩けなくなっていたんです。そこで、私が代わりに父のお腹を叩いたりさすったりする。父の後ろにまわり込んで、お腹をグルグルって。そうしたらこっちに向かって「ブッ」ってもろにおならを。「お、出た出た。よかったねえ」って叫んだら「いいから黙ってさすってくれ」だって(笑)。
朝井 いい光景。うちの場合、あまり嫁姑らしくないというか、互いに遠慮隔てなくつきあえていた方だったと思いますが、やはり下のお世話の際は申し訳なさそうに、毎回、「ごめんねえ」って……。あの時の義母の気持ちを思うと、今でもちょっと切なくなります。その反面、私が用意する夕飯はとても楽しみにしてくれていました。おいしいものが大好きで、手まめにいろいろ作る人だったので、できるだけ食卓の記憶を共有したいと思って。
阿川 私も病室で父の好物のすき焼きを作ったりしていました。「肉は上等なのを買ったか」とか「味付けには上白糖を使えよ」とかいろいろうるさかった(笑)。